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 森の中に住まうことをどうして先祖たちは選んだのだろう。老いたる者たちはいくつかに分かれ、知恵や知識の根を支え教えるために若者たちを待つ。オルビオスとクァルマの二人は疑問を深めては仲間に導き入れる〈智慧〉の祝福に与っており、老いたる〈智慧〉イプセと共に暮らしていた。  二人は親を知らない。いやむしろ、大人たちはみな、この二人の親であり、二人どころか、若者たちはみなその兄弟姉妹なのであり、共に一つの屋根の下に暮らすのは、オルビオスにとってのクァルマ、〈もう一人(ヘテロス)〉、そしてイプセ、〈老いたるもの(ゲライオス)〉だけだ。だが若者たちは「父さん」とも「母さん」とも言わない。兄や妹と言った言葉は彼らにはない。それはなぜか。  若者たちは先祖より受け継いだ言葉によって名づけられた名前を呼び合う。この村に同じ名の者は二人といない。誰かが死ねばその名を引き継ぐことはあっても、記憶の中に生き続ける限りはその名を引き継ぐことはない。引き継ぎは墓碑に刻まれた名にのみ遺された人から譲られる。  先祖は何故ここを住処としたのだ。どこから来た。どこへ行く。何のために。何も応えぬ森に、そうした問いは押し籠められる定めにあると、時代は紡いできた。しかし〈智慧〉はいつからかその問いに立ち向かってきた。二人は少しずつ知っていく。森の民であることの宿命と、意志の高まりを。
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小説 190,668 位 / 190,668件 ファンタジー 44,067 位 / 44,067件
文字数 49,784 最終更新日 2024.09.16 登録日 2024.08.13
恋愛 連載中 長編 R18
 14,5のもっとも人生が不思議な景色を見せる日々に、愛し合う二人は互いを見つけた。もっとも近くに行こうとするために、彼の方はむしろ遠のいた。彼女の顔も声も手の温度も伝わらないほどの遠くに行って、さらにさらに近づいていった。  彼女の方はどうだろうか。恐れも知らず、威光を放ち、勇ましくあっても人を導くことはない、彼の向かった恍惚も、片頬で笑って全てを見透かすような。  彼は、彼女の犯す罪の残酷の中で、否応もなく彼女を知る。これ以上ないほど強烈な呼びかけで、二人はどれだけ近づけただろうか。
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小説 190,668 位 / 190,668件 恋愛 57,559 位 / 57,559件
文字数 21,512 最終更新日 2024.08.20 登録日 2024.08.02
 伝え聞く話。私が心を傾け、やがて耳を傾け、全てを捧げようとした聖人の道を通ったかつての人々はどうか。みなそれぞれ、生まれたときから、そう宿命づけられていたかのように類まれな才と同時に謙虚さ、慈悲をもあわせ持ち、不正と争いを嫌い、慎ましく、いかなる欲も悪しきものと払いながら、しかも人々の欲に向かうさまに微笑みと、過ぎるならば哀れみの視線をくれる、そんな「祝福された」子供だった。  私はどうか。私は、とても褒められた子供ではなかった。才の無いのを妬みに変えて、周りの子供に大事にされたことなどは、その妬みを茶化しに変えるいたずらとずる賢さの才であり、都合に応じて優しさを変え、いじめるようなことはなくとも、興味のない人物にはあからさまなまでに冷淡に接してきた。不正も争いも中途半端に好きであれば嫌いでもあり、自分の美点はそれとなく明かして汚点は必死に隠した。欲に対して厳しく当たっているようで、その実、誘惑には弱かった。人々のあさましい様には眉をひそめながら、自分に訪れる甘美な経験は天からの褒美や見逃しだと考えていた。  私は時には、生きていることが恥ずかしい。ただ日々は敬虔さを求めながら過ぎ行くなかで、それでも何かすれ違う人の中に、私への慰めの声に、細やかで優しい手に、私はまたしも誘われていく。私はそういう人なのか。それとも祈りの果てにこの日々をこえて、すべてを洗い流した美しい景色がこの眼の前に訪れるのか。
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小説 190,668 位 / 190,668件 現代文学 8,167 位 / 8,167件
文字数 6,621 最終更新日 2024.08.19 登録日 2024.08.11
人生において一番幸せな日というのはどんな日だろうか。富を得て、地位を得て、日々はどんどんと揺るぎないものになっていく。昔より美味しいものを食べて、便利な生活と清潔で広い部屋に囲まれて、豪華な旅行にでも出てみるのが最高の一日だろうか。  あるいは、大切な人と過ごす時間がそうだという人もいる。たいていは、何気ないという言葉で飾られる温かな時間のこと。特別な場所に出かける必要もなくて、特別なものを食べる必要もなくて、特別な言葉さえもいらないとか、そんな一瞬一瞬を数える終わりを愛しむ、そんな、夢まぼろしのような日こそがと。  でも、特別であることは、幸せな日には欠いてはならない。特別な場所も、特別なものも食べるべきだ、特別な言葉を言わずに押し込めておくなんてもってのほかだ。それだけにはとどまらない。特別な目覚めがある。目覚めの前の夢や寝ぼけ眼の青い、鳥の声もまだ聞こえない特別な朝がある。いつも着る服。衣擦れごとにそれは特別なものになっていく。風も光も、会う人も。一瞬一瞬は、時間を過ごすたびに何かきらびやかなものに置き換えていくそのどれよりも眩しく、高価なものや夢まぼろしのものにまぎれた霧をすっかり晴らしてしまう。  それは特別な現実で、一生にわたって、思い出さずとも忘れられず、変わりゆくどんなあなたにも問いかけてくる、そんな幸福なのだ。
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小説 190,668 位 / 190,668件 青春 7,009 位 / 7,009件
文字数 52,721 最終更新日 2024.07.31 登録日 2024.07.31
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