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幼い僕に祖母はよく言ったものだった。
「あの虹はね、起きている虹なんだよ。虹というのはそこかしこに、数え切れないくらいたくさんあって、普段は眠っているんだ。目覚めたときにだけ、ああやって七色の姿を現すんだよ」
僕は訊ねる。
「あの虹に登れる?」
祖母は笑いながら首を振る。
僕は、なお訊ねる。
「あの虹をくぐれる?」
祖母は言う、あの虹はくぐれない。でも、方法が一つだけある。
「いいかい、ジョー。そうしたいんなら、眠る虹を見つけることさ。誰にでもできることじゃあないけどね」
愛しい妻と愛猫と暮らす、人付き合いもほとんど無い一人の男の物語。
ある日、最大の理解者でもあった職場の上司が世界からいなくなったことを皮切りに、最愛の妻が姿を消し、愛猫も消えてしまう。
男はどこへ向かうのだろう?
我々が再び出会える場所は、あの虹を潜(くぐ)った先にしか無いのだろうか。
男は踠(もが)き、混乱し、目に見えぬ存在にひれ伏しながらも、一縷(いちる)の望みに縋(すが)るように「眠る虹」を探す。
そして辿り着いたその場所で、僕たちは同じ気持ちで笑い合えるだろうか?
文字数 5,459
最終更新日 2024.08.02
登録日 2024.08.02
徒然なるままに…
いえ、必ずしも手持ち無沙汰とも限らないのですけれど。
手持ち無沙汰な気持ち、退屈な気持ちというのも、ときにはよきものですよね。
ちょうど良い加減で、按配で。わたしなりに、ときに、徒然なるままに。
相原伊織 詩集です。
文字数 3,185
最終更新日 2024.07.10
登録日 2023.04.09
かつて私は音楽家でした。
作詞・作曲をし、自らギターを弾き、ベースを弾き、ドラムを演奏してコーラスを重ねました。曲によってはキーボードを叩き、ピアノでバッキングを刻んだり。扱える楽器が少なかったから、さながら4ピースのロックバンドのような編成で。
今の私はJazzを愛し、クラシックを聴きます。そして、ここで発信できるのは言葉だけです。でも、ほんとうの意味では言葉だけではない。ここで私は実際的には吹けもしないテナーサックスをスタン・ゲッツのように奇跡的に吹くし、ビックス・バイダーベックのように慎ましくコルネットを演奏するし、ときにはビル・エヴァンス・トリオのワルツ・フォー・デビーを無邪気に真似たりもするでしょう。
この場所で私は大編成のオーケストラであり指揮者であり、あるいは孤立無援のストリート・アコギ弾きであるかも知れません。
確かに、ここで発信できるのは言葉だけです。でも、読んでくれたあなたの中には幸福な音楽が溢れるかも知れません、もしかしたら。そうであればいいなと願います。ここに連ねるすべての曲たちには、実はきちんと「音」があります。キーがあり、コード進行があり、転調があり、アンサンブルがあります。そしてlyricが乗るメロディがある…。それを私は伝えることができない。でも、あなたの中にあなただけの「音楽」を紡ぎ出してくれることを少しだけ望みます。
演奏をしなくなった私は今でも音楽家です。
(こちらのコンテンツにつきましては、横読みをおすすめいたします。)
文字数 6,045
最終更新日 2022.08.31
登録日 2019.12.17
時々遠くのほうから、列車の走る音、線路の軋みが聞こえる気がした。
その列車にはぼくの大切なひとたちが一人残らず乗っていた。大きな旅列車ではないが向かい合うボックス席はほとんど満席で、誰もがぼくとの再会を楽しみに談笑していたーーー。
四月の手紙を九月に読んだ、人間の「屑(くず)」であるぼくは、現状の打開策を模索しもがき続ける。
すべては自分次第。列車の到着を待つ者であると同時に列車の運転士でもあるぼくは、「大切なひとたち」との繋がりを思い、それを取り戻したいと願う。
敬愛すべき電影と少年CQに捧ぐ、アブストラクトな短編小説。
文字数 11,226
最終更新日 2022.08.20
登録日 2022.08.17
この物語の始まりは七年前にまで遡る。
健(たける)と、七海(ななみ)と、白石(しらいし)ちゃん。
この多面的な現実の世界で僕らはそれぞれ違う場所で生まれ、互いに引き合うようにつながり、そして再び離れてゆく。
この物語は我々四人(僕と、親愛なる三人の男女)のつながりを描いた物語であるーーーーー。
人が消えて数ヶ月経つ終末の世界に生きる「ぼく」と、201号室に暮らす「僕」。パラレルに描かれる彼らの世界は徐々に近づき、やがてひとつに重なり合う。
ふたつの世界を繋ぐキーワードは、モーリス・ラヴェルの名曲『ボレロ』。
「星が綺麗だね。星空か…。
ね、『誰もがいつかは行くところ』ってよく言うけどさ、七海ちゃんはあそこにいるのかな。
あたしたちに認識できるのは彼女の不在であって、行き先ではないよね。
だからあたしたちは、彼女のことをこの小さな脳みそにとどめながら、この心で想いながら、からだと心をつなぐ部分でバランスをとりながら、生きていくしかないのだよね。
それにはリズムが大事なのよ。音楽をかけることが大事なの。あたしたちの場合それは四人とも『ボレロ』だった。音楽は一度止んだから、またかけ直さなくちゃ。静かな時間も必要だけど、それだけじゃだめ。死ぬまで繰り返すの。この世界で最後の一人になったなって思っても、繰り返すの。
いい? 大丈夫だからね。
あたしたちはちゃんと、つながっているから。
星空の下にいても、ちゃんとつながっているんだよ」
人と人とをつなぐ。あなたにとっての、大切な音楽とはなんですか。
文字数 58,455
最終更新日 2021.04.05
登録日 2021.04.05
ホストとして幾人もの女性客を抱え、眠らない夜の街で華やかな成功を手にしていた男。しかしその成功は「本来の自分」が眠り込み、あらゆる感覚を閉ざしていたからに他ならなかったーーー。
昼の世界に放り出された「僕」に訪れた、本物の恋愛に発展するかも知れない機会。しかし「僕」は彼女に対して、飾らない「本来の自分」としてではなく、ホスト時代の自分とシャイな本来の自分を足して割ったような、中途半端な「ないまぜの男」として接してしまう。
夜の世界に置いてきたはずの自分の影が、亡霊のようにまだ僕にまとわりついていた。
(短編集『ワーキング・クラス・ラヴァーズ』収録)
文字数 7,193
最終更新日 2019.07.12
登録日 2019.07.12
あまり売れない小説家である日暮 又吉(ひぐらし またよし)は、かつての恋人でシングルマザーの佐織と彼女の娘・玲(れい)の住む家を、毎週日曜に訪れるようになった。
十年前に佐織から別れを切り出されて以来、彼女のことを想いながら職業的小説家を志してきた又吉。一応のデビューを果たしたものの、そんな彼の書く小説はどれも救いのない、報われない愛の物語ばかりだった…。一方で、結婚・出産・離婚を経験し女手ひとつで娘を育ててきた佐織は、日々の生活に疲弊し限界を感じていた。
ある日、又吉のもとに一本の電話が掛かってくる。それは自らがずっと心に想い続けてきた佐織からの、十年ぶりの連絡だった。その電話で又吉は、佐織がとっくの昔に離婚していたこと、一人娘の玲が最近「こわい夢」を見ては夜中に目覚めてしまい心配なのだということを知る。
又吉はそれから毎晩のように、佐織からの電話を受ける。彼は「こわい夢」を恐れて寝付けない玲のために、即席の物語を作り、佐織に送るのだった。
佐織から電話がある夜には、玲のために即席の物語を綴る。そして日曜がくるたびに車をとばして、彼女たちの住み処へとおもむく。又吉の生活は、孤独な母娘(おやこ)を中心に廻り始めつつあった。
(短編集『ワーキング・クラス・ラヴァーズ』収録)
文字数 28,886
最終更新日 2019.07.04
登録日 2019.07.03
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