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22巻
22-3
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「見た感じ、成功っぽい?」
「試してみよう」
一見すると、成功したように思える。
ミルトの疑問を晴らすため、シンは先ほどの実験と同じ命令を出した。しかしセティに変化はない。続けて命令するが、それも効果はなかった。
一通り試してみて、シンはセティが完全に首輪の支配から脱していると結論を出した。念のため解放者の称号の力も使おうとしたが、発動することはなかった。効果が発動しない相手に対して使っても何も起こらないのは確認済みなので、間違いないだろう。
「俺が関わらないといけないってところは変わらないが、俺以外でもどうにかできるようになっただけましか」
「シンがいなくなった後もアイテムは残るもの。今のうちに首輪対策兼研究用として、たくさん作っておいてもらいましょ」
セティの言うことももっともで、現状ではシンの称号の力以外に対抗策がないのは変わらない。ただ、カードとして残っていれば、セティたちでも対応できる。カードを元にして、新しい対抗手段が開発される可能性も残る。
シンがいなくなった後――そう口にしたセティの表情に、悲観の色はない。
「それ、俺が一番大変なやつじゃないか?」
「今やれるのはシンだけだもの。まずは実戦用、研究用、それにいざって時のための切り札用。占めて千枚は作ってもらおうかしら」
「観賞用、布教用、保存用みたいに言うなよ。しかも千枚って……」
シンがいなくなったら作製できないから、数が多い方が良いのは理解できるが、作業のことを考えると今から気が滅入ってくるシンだった。
†
「プールだー!」
シンがひたすらカードに力を込める日々が過ぎ、訓練用プールに行く日が来た。
この世界では、川でも海でも水辺で遊ぶという行為そのものに危険が伴う。そのため、安全に遊べるプールに、テンションが上がっているようだった。
「はしゃぎすぎだぞ」
「この日のためにわざわざ水着の設定をしたんだから、楽しまなきゃ」
ミルトの言う設定とは、装備の見た目を変化させることだ。
鍛冶のスキルに、水に潜ると装備の見た目や重さを変化させるものがある。それを行えば、装備を切り替えなくても即座に水中戦に移行できる。船の上で戦っていた際に海に落ちた、などという時に重宝した。
このスキルを使うと、元が全身金属鎧であっても、水中では軽やかに動けるのだ。スキルの熟練度と装備の重量によって多少のペナルティはあるが、防御力はほぼ据え置きになる。
ちなみに、今の時代では最初から水中に入って戦闘を行う時の装備は、ウェットスーツのように全身を覆うタイプが主流だそうだ。
施設の説明を聞きに行った際にその話を聞いたシンは、そのタイプの水着を用意しようとしたが、ミルトが本来の装備を使ってこその訓練だと主張した。
そのため、新調した装備に水着への変化をするように付与を行ったのだった。
「まあ、他にプールを使う奴はいないらしいし、遊んでもいいだろ」
水中戦専門でない者たちは、スキルやアイテムによって陸用の装備を切り替えて使用するか、最悪の場合、そのままの装備で水中戦を行う。
水中戦用の装備は陸地ではその持ち味を出せないため、資金に余裕がないと、わざわざ用意しようとはならないのだ。
プールの使用者が少ないのは、そういった事情もあるのかもしれないとシンは思った。
「付与は二人きりでしたらしいけど、どうだったの? ミルトちゃんのスタイルなら、ずいぶん楽しめたんだろうし、シュニーに怒られても知らないわよ?」
フィルマのからかうような発言に、シンは余裕をもって答える。
「それについては、すでに手を打ってある」
どんなデザインの水着になるかは完全にランダムなので、好みのものが出るまでひたすら付与を繰り返す。
そのため、ファッションショーのような状態になるのは珍しくない。
デザインによっては少々きわどいものもあるため、ゲーム時代も異性に付与を頼む者は少なかった。ミルトの場合は、恥ずかしがるどころか堂々と見せつけてきたので、眼福と言えばその通り。
しかし、そうなると心配なのはシュニーの機嫌である。
そこで、シンはシュニーに水着のデザインを変えてみないかと提案したのだった。
「あら、いつの間に」
「フィルマとミルトが武闘祭に出ている間にな」
「私もデザイン変えてもらえばよかったかしら」
「絶対よからぬことを考えてるだろ!」
ニヤリと笑ったフィルマに、シンはジト目で返す。
やりすぎることはないだろうが、からかわれる身としては勘弁してほしかった。
施設に到着して受付を済ませると、それぞれ更衣室を通ってプールへ向かう。
水に入らなくても装備を水着に変化させられるので、ほとんど素通りだ。ただ、水着への変化はあくまで水中戦を前提としているため、陸ではステータスにマイナス補正がかかる。
これは、水着への変化を利用して、重装備を軽装備として使おうとするプレイヤーがいたために施された修正が原因だ。それはこの世界でも適応される。
とはいえ、シンたちもこういう場面でなければわざわざ水着にしたりはしないし、そもそもの装備が軽装なので、マイナス補正などないに等しい。
「……俺たち以外に使用者がいなくてよかったな」
「うむ、身内贔屓を抜きにしても、他の使用者の訓練に支障が出ただろうな」
更衣室に繋がる通路から出てきた女性陣を見て、シンとシュバイドはうなずき合う。
皆、その肢体を惜しげもなくさらしており、男女問わず目が行ってしまうのは間違いない。
「シュニーもミルトちゃんも、結構雰囲気変えてきたわね。私も変えればよかったかしら」
「でも、たまにすごいの出ますよ?」
フィルマとティエラは以前海に出た際の水着からデザインの変更はないが、瑞々しい美しさもまたそのままだ。
フィルマの発言にティエラがあまり良い顔をしないのは、自身の水着の形状を決める際に少々際どいデザインが出てしまったからだろう。
プールには行かないと言っていたセティだったが、結局説得に応じて一緒に来ている。
「わかってたけど、皆、隠す気ないわね」
シンはセティの水着を、この世界で初めて目にした。
白地に華やかな花柄が浮かぶワンピース姿は可愛らしく、ツインテールになった髪型も似合っている。ただ、彼女の視線は他の皆の胸元に向かっている。
普段の服装よりもスタイルが顕著に出るので、どうしても差が気になってしまうようだ。
今回、装いが変わったのがミルトとシュニーだった。
「ふっふっふ。スク水も悪くはなかったけど、人前に出るならこういうやつじゃないと! それにしても、シュニーさんもデザインを変えたのは聞いてたけど、結構攻めたね」
「そういうつもりはありませんが」
「そぉかなぁ? 前のやつより、セクシーじゃない?」
ミルトは更新前の装備『和道闘衣』ではスク水というマニアックな設定だったが、更新後の装備である『流艶華装』では白のビキニに淡いピンク色のフリルが付いたものに変えていた。フリルはトップスが見えるくらいに薄く、色合いによっては隠せたであろう双丘は、相変わらずその存在を主張している。ただ、本人のはしゃぎようのせいで、子供っぽい雰囲気が強い。
そんなミルトに対して、シュニーの方は涼やかな青のビキニから黒いクロスホルターと呼ばれるタイプのビキニに変わっていた。首の前で交差した紐によって胸が中央に寄せられているため、深い谷間がより強調されている。また、ボトムスはレイヤードタイプになっており、派手さを好まないシュニーが纏うと、余計に想像を掻き立てられる見た目だ。
「ふぅん。シュニーが自分で選んだって感じのデザインじゃないわね。ミルトちゃんへの対抗心かしら」
フィルマのつぶやきを聞き、セティが首を横に振った。
「いやいや、フィル姉。多分、ミルトが変えるから自分もっていうのはただの口実で、本当は形状変化させた時のシンの反応が見たかったのよ。前のもシンが決めたやつだけど、今とは状況が違うし」
きっと一番反応が良かったのがあれなのねと、セティが持論を展開する。
それが聞こえていたシンは、よくわかってらっしゃると心の中でうなずいた。
パーティメンバーには伝えていないが、シュニーの水着のデザインが決まるまで、ミルトの倍の時間がかかっている。それだけ入念に選ばれた一品なのだ。
水着の変更を勧めたのはシンだが、シュニーも様々な水着を身につけるのを楽しんでいたのは間違いない。
ちなみにボツとして流れてしまったものも、一通りスクリーンショットで映像として残してあったりする。他人には絶対に見せないからとシュニーに拝み倒した末の戦利品だ。
「水着のことはいいですから、訓練の準備をしますよ」
「え、遊ぶんじゃないの!?」
訓練を始めようと促すシュニーに驚いて、ミルトが目を見開く。
「使っているのが私たちだけとはいえ、訓練所なのですから。多少はそれらしいことをしませんと、示しがつきません」
「監視員がいるわけでもないないのに」
「気構えの問題です」
「むぅ、なら、久しぶりに全力でやらせてもらうよ」
シュニーの発言にショックを受けていたミルトだったが、強い相手と戦うのも好きな彼女だった。それはそれと、気分を変えたらしい。
シンがこちらの世界に来てしっかりと水中戦を行ったのは、ギルドハウスの一つ『二式強襲艦セルシュトース』を捜索した時くらいだ。
大型ボスとの戦闘にダンジョンの探索と簡単なものではなかったが、こちらでの経験という意味ではやはり少ない。
水中戦の感覚を錆びつかせないために、ある程度の訓練を積むのは無駄にはならない。最初の一時間ほどは訓練に使うと決め、一対一、一対多数の模擬戦を行った。
メンバーのステータスが高いので、短時間でも内容は濃密だ。
ユズハやカゲロウも装備をつけると水中戦は難なくこなした。もともと水中呼吸用の装備は使えていたのだから、他が機能しない理由もないだろう。
ただ、水中ではカゲロウの能力である【影潜】は使えなかった。水底にできる影には潜れるみたいだが、それでは陸のようにすぐ近くに隠れて待機することはできない。
水中では姿を見せたまま、そばにいることになりそうだ。
訓練が終わると、土術でプールサイドに砂浜を再現し、ビーチバレーを行うことになった。発案はミルトである。これも、彼女がやってみたかったことの一つらしい。
「それ!」
ミルトの掛け声とともに、ボールがすさまじい勢いで叩き込まれる。
レアな素材を使って作られたバレーボールもどきはミルトの一撃に耐え、残像を残す勢いで宙を駆けた。
点はやらんとボールを受けたシンの腕に、衝撃が走る。
スキルを使って皆のステータスが同じくらいになるように調整してあるので、高い能力によるごり押しは不可能だ。
周囲の砂が衝撃で巻き上がるが、シンはしっかり受け切った。
勢いを殺されたボールが宙を舞う。
そこへ、わかっていたようにシュニーが跳んだ。スパイクは的確にコートの隅へ。
セティが読んでいたとばかりにレシーブの体勢をとる。
しかし、まっすぐ進んでいたボールが、突如蛇行した。
「あ、ちょっ!?」
ボールの速度と変化が、セティを惑わせた。反応速度は変わらないが、ステータスが下がっている分、動きに遅れが出た。腕にこそ当たったが、ボールはあらぬ方向へ飛んで砂浜を転がる。
「ラリーが続きすぎるからスキルありにしたけど、意外と楽しいね」
「そうだな。こういうスキルの使い方もあるって発見にもなったし。最初はどうなるかと思ったけど」
とりあえずで始めた当初は、ボールが残像を残す速度で打ち込まれる〝バレーのような何か〟だった。
今はステータスを制限したことでそれらしくなっているが、やはりシンの知るビーチバレーとは少し違う。
しかし、それを指摘するのは野暮というもの。ミルトだけでなく、他のメンバーも楽しんでいるようなので、これもありだ。
「さて、次は俺が審判か」
メンバーはくじ引きでチームを組み、審判は交代制だ。スキルという特殊技能ありなので、一チーム三人という変則設定である。なお、ユズハとカゲロウは見学だ。
「それにしても、これは」
飛び交うボールを確認したシンは、無表情を装いつつ内心で唸った。周りに誰もいないからか、皆動きに加減がない。
そのため、揺れる。何がとは言わないが、揺れるのだ。
見た目が水着でも、装備の効果で肉体的負担はない。加えて、ステータスを制限していると言っても、一般人より遥かに動きは激しい。
いつもより露出が多い格好で、跳んで、屈んで、走る。
シンとて、決してそこばかり見ているわけではないが……悲しき男の性か、つい目がいってしまうのだった。
「……あとが怖いな」
一瞬、こちらを向いたシュニーと視線が合った。間違いなく気付いている目だ。
やべっ、っとシンが思ったのとほぼ同時。シュニーの右腕が一瞬、自らの胸を持ち上げるように動く。
怒っているような、拗ねているような、そんな表情。
――見るのなら、私のだけにしなさい。
そう言われた気がしたシンだった。
「ではこちらへ」
黒の派閥からの迎えは、予定より二日早くやってきた。
一旦馬車でクリカラを出て、人目のつかないところで合流したのは、見上げるほどの巨体を持った鳥型モンスターのメガバードだ。
遠くからでも目立つ巨体を、黒の派閥が開発した迷彩装備が隠している。
シンたちの【隠蔽】とは違う、光の屈折を利用したタイプだ。完全に周囲に溶け込むのではなく、見えづらくなる程度の効果だが、空を行くにはそれで十分。
合流するために地上に降りる時は、装備を多重起動させてごまかしているようだ。
メガバードはゲーム時代も長距離輸送の一翼を担っていたモンスターで、NPCの商人たちが使役していた。
NPC専用の輸送モンスターで、商人プレイヤーでもメガバードを扱うことはできなかった。
プレイヤーがNPCに命令や依頼する形で輸送手段として使うのが一般的だ。
使役こそできないが、メガバードに内装工事をしたコンテナを運ばせ、その中から景色を楽しむ遊覧飛行というコンテンツもあり、人気を博していた。
シンたちを迎えに来たメガバードも、すぐ隣に移動用コンテナが置かれている。
移動手段を聞いた時に「多少早くなる」と言っていたのは、メガバードが使えれば、ということだったようだ。
もともと伝えられていた日数も少なかったが、さらに少なくなるというのも、これならば納得だ。
航空輸送は運べる量こそ少ないが、速度は圧倒的である。
移動している拠点に戻るのも、この方法なら場所によっていちいち移動手段を変えなくていいし、災害やモンスターといった予想外の事態に左右されないので確実だ。
シンはこちらの世界に来てからメガバードを見たことがなかったので、てっきりもう使われていないと思っていた。そのため、輸送や移動の選択肢から空路を外していたが、そういうわけではないらしい。
「便利なもんだな」
コンテナの中から小さくなっていく大地を眺めながら、シンはなんとなく思ったことを口にした。
「僕は使ったことなかったけど、人気があったのもわかるね」
ミルトとは違って、シンはゲーム時代に一度乗ったことがあった。あの時は景色を眺めて終わりだったが、今は色々と用途を思いつく。
「そういえば、黄金商会では見なかったな。これを使えば……」
『三式駆動基地ミラルトレア』や、『金の商人』レードの人形――ウェルベラッドを追う時に、もっと速く移動できたかもしれないと、シンは思った。
だが、そう都合よくメガバードがその場にいるわけもないし、飛行距離や補給の問題もある。
転移はプレイヤーやサポートキャラクターが使うものだったので、NPC専用モンスターを一緒に転移させられない可能性もあった。
黄金商会がメガバードを所有しているかどうかわからないが、使わなかったということは、使えない理由があったのだろう。
「何かあったのですか?」
「ああ……いや、あそこなら何羽か使役しててもおかしくないかなって」
クリュックの問いに、ちょっと苦しいかと思いながらシンは答えた。
「黄金商会でも、保有するメガバードの数は限られるでしょうね。維持にはかなりのコストがかかります。それに、メガバードを飼育できる者もかなり減っていますから」
メガバードはゲーム内では数少ない、NPCが飼育と繁殖をするモンスターでもあった。
プレイヤーが関わることはほとんどないので、〝そういうことをしている〟くらいの認識を、調教師など、一部のプレイヤーが持っている程度だ。シンも詳細は知らない。
今シンたちを運んでいるメガバードを操っている御者のジョブを確認したが、『鳥従士』という、聞いたことのないものだった。
雑談をしながら過ごしていると、地上の景色が変わる。
草原や荒野の緑や茶色から、濃い青へ。
海に出たようだ。
眼下に、港から出た漁船や、長距離航海用の大型船が見える。
それらを見送って、さらに進んだ先。見渡す限り海以外に何もない空間めがけて、メガバードが降下を始めた。
向かう先の景色が少しだけ歪んでいる。どうやら本拠地も迷彩装備の機能をつけているらしい。
「うわっ、何あれ!」
ティエラが驚くのも無理はない。
ある一点を過ぎた瞬間、突如目の前に島が現れたのだから。
「ここが我々の本拠地。パルダ島です」
「パルダ島……そうか。元は柊連合のギルドハウスか」
クリュックが言った島の名前に覚えがあったシンは、それを所有していたギルド名を口にした。
柊連合は単一のギルドではなく、複数の生産系ギルドが集まってできた、一種の共同体だ。
ギルドハウスも、島の購入資金を全ギルドで出し合って、共同購入という形をとったと聞いている。
「シン殿はここを知っていたのですか?」
「いえ、旅の途中で聞いた話に出てきた名前をたまたま覚えていただけですよ。エルフやドラグニルには、昔のことを実際に見聞きした人が残っていますから」
「なるほど、拠点を定めず世界中を旅するがゆえの知識ですか」
感心するクリュックに、そんな大仰に受け取らなくてもいいんだけどと思いながら、シンは曖昧にうなずいた。
一時期有名だったから見に行ったことがあるだけです、とは言えない。
メガバードは島の中心にある広場に降りた。
少し離れたところに数羽のメガバードがいる。空からは広場の横に牧場のようなものが見えたので、飼育施設が併設されているらしい。
シンたちのコンテナを降ろすと、御者は厩舎と思われる場所へメガバードを誘導していた。
コンテナの方は車輪がついており、そのまま馬で引いて移動できるようになっている。
「まずは黒の派閥の代表の方々に会っていただきます」
「それって、前に聞いた部門長ってやつですか?」
「そうです。一応は施設を見せる前の面談ですが、そのまま各専門分野の意見交換会になることが多いですね」
パルダ島に招待されるような人物は、大体が物作り大好き人間だ。未知の技術を知れるならばどこまでも、というタイプも多い。
クリュックが言った通り、自分の得意とする分野の部門長と意気投合することも少なくないそうだ。皆同じ体験をしているだけに、そうなったらなったで、誰も止めないらしい。
「どういう奴かの最終チェックだろ。それでいいのかと思わないでもないけど、気持ちはわかるんだよなぁ」
長ともなれば、所属する分野において豊富な知識を持っているに違いない。
同時に、未知の技術や知識には強い興味を示すはずだ。シンのように招待される者は、たいていが生産系の選定者であったり、特別な人物の弟子だったりすることが多く、話がとても合うのだろう。
シンも似たような経験があるため、うなずくしかない。
どんな人物かはパルダ島に呼ぶ前にチェックしているので、連れてきた時点で審査など必要ないも同然だ。
「こちらです」
コンテナから降りると、そこにあったのは大きな門。門の向こうには、工場とでも言うべき建物の上部が見える。実際、中身は生産関連の施設だという。
門が開くと、上部だけが見えていた建物の全容が現れ、中の喧騒が耳に届く。
馬に金属でできた柱を運ばせている者、紙の束を抱えて走る者、大声で怒鳴り合っている者など、ゲーム時代に多くの生産ギルドで繰り広げられていたのと同じ光景が、そこにあった。
何人かはシンたちに気づいた様子だ。近づいてくる者もいたが――
彼らが話しかけるより先に、工場の奥から爆発音が響く。
その音に、慌てて戻っていく者が数名。それ以外は、「またか」とでも言いたげな表情で、それぞれの目的地へ歩を進める。
慌てている者も、切羽詰まったというよりは、ちょっとした隠し事がバレた時のような様子だった。
「これぞ生産系の日常って感じですね」
「爆発するような実験はするなと、お達しが出ているんですがね……」
シンの感想に、クリュックが苦笑した。
「意図せず爆発するのはどうしようもないですよ。素材の中には、なぜそうする必要があるのかわからない処理が必要なものもありますから」
ゲーム時代の爆死経験者のシンとしては、新素材に挑む時は、とりあえず何度か死ぬ覚悟が必要だと知っていた。
さすがにこの世界ではそういうわけにもいかないので、安全マージンは取っているのだろう。
そうでなければ、さっきの爆発も一部の者が少し慌てるくらいでは済まないはずだ。
「試してみよう」
一見すると、成功したように思える。
ミルトの疑問を晴らすため、シンは先ほどの実験と同じ命令を出した。しかしセティに変化はない。続けて命令するが、それも効果はなかった。
一通り試してみて、シンはセティが完全に首輪の支配から脱していると結論を出した。念のため解放者の称号の力も使おうとしたが、発動することはなかった。効果が発動しない相手に対して使っても何も起こらないのは確認済みなので、間違いないだろう。
「俺が関わらないといけないってところは変わらないが、俺以外でもどうにかできるようになっただけましか」
「シンがいなくなった後もアイテムは残るもの。今のうちに首輪対策兼研究用として、たくさん作っておいてもらいましょ」
セティの言うことももっともで、現状ではシンの称号の力以外に対抗策がないのは変わらない。ただ、カードとして残っていれば、セティたちでも対応できる。カードを元にして、新しい対抗手段が開発される可能性も残る。
シンがいなくなった後――そう口にしたセティの表情に、悲観の色はない。
「それ、俺が一番大変なやつじゃないか?」
「今やれるのはシンだけだもの。まずは実戦用、研究用、それにいざって時のための切り札用。占めて千枚は作ってもらおうかしら」
「観賞用、布教用、保存用みたいに言うなよ。しかも千枚って……」
シンがいなくなったら作製できないから、数が多い方が良いのは理解できるが、作業のことを考えると今から気が滅入ってくるシンだった。
†
「プールだー!」
シンがひたすらカードに力を込める日々が過ぎ、訓練用プールに行く日が来た。
この世界では、川でも海でも水辺で遊ぶという行為そのものに危険が伴う。そのため、安全に遊べるプールに、テンションが上がっているようだった。
「はしゃぎすぎだぞ」
「この日のためにわざわざ水着の設定をしたんだから、楽しまなきゃ」
ミルトの言う設定とは、装備の見た目を変化させることだ。
鍛冶のスキルに、水に潜ると装備の見た目や重さを変化させるものがある。それを行えば、装備を切り替えなくても即座に水中戦に移行できる。船の上で戦っていた際に海に落ちた、などという時に重宝した。
このスキルを使うと、元が全身金属鎧であっても、水中では軽やかに動けるのだ。スキルの熟練度と装備の重量によって多少のペナルティはあるが、防御力はほぼ据え置きになる。
ちなみに、今の時代では最初から水中に入って戦闘を行う時の装備は、ウェットスーツのように全身を覆うタイプが主流だそうだ。
施設の説明を聞きに行った際にその話を聞いたシンは、そのタイプの水着を用意しようとしたが、ミルトが本来の装備を使ってこその訓練だと主張した。
そのため、新調した装備に水着への変化をするように付与を行ったのだった。
「まあ、他にプールを使う奴はいないらしいし、遊んでもいいだろ」
水中戦専門でない者たちは、スキルやアイテムによって陸用の装備を切り替えて使用するか、最悪の場合、そのままの装備で水中戦を行う。
水中戦用の装備は陸地ではその持ち味を出せないため、資金に余裕がないと、わざわざ用意しようとはならないのだ。
プールの使用者が少ないのは、そういった事情もあるのかもしれないとシンは思った。
「付与は二人きりでしたらしいけど、どうだったの? ミルトちゃんのスタイルなら、ずいぶん楽しめたんだろうし、シュニーに怒られても知らないわよ?」
フィルマのからかうような発言に、シンは余裕をもって答える。
「それについては、すでに手を打ってある」
どんなデザインの水着になるかは完全にランダムなので、好みのものが出るまでひたすら付与を繰り返す。
そのため、ファッションショーのような状態になるのは珍しくない。
デザインによっては少々きわどいものもあるため、ゲーム時代も異性に付与を頼む者は少なかった。ミルトの場合は、恥ずかしがるどころか堂々と見せつけてきたので、眼福と言えばその通り。
しかし、そうなると心配なのはシュニーの機嫌である。
そこで、シンはシュニーに水着のデザインを変えてみないかと提案したのだった。
「あら、いつの間に」
「フィルマとミルトが武闘祭に出ている間にな」
「私もデザイン変えてもらえばよかったかしら」
「絶対よからぬことを考えてるだろ!」
ニヤリと笑ったフィルマに、シンはジト目で返す。
やりすぎることはないだろうが、からかわれる身としては勘弁してほしかった。
施設に到着して受付を済ませると、それぞれ更衣室を通ってプールへ向かう。
水に入らなくても装備を水着に変化させられるので、ほとんど素通りだ。ただ、水着への変化はあくまで水中戦を前提としているため、陸ではステータスにマイナス補正がかかる。
これは、水着への変化を利用して、重装備を軽装備として使おうとするプレイヤーがいたために施された修正が原因だ。それはこの世界でも適応される。
とはいえ、シンたちもこういう場面でなければわざわざ水着にしたりはしないし、そもそもの装備が軽装なので、マイナス補正などないに等しい。
「……俺たち以外に使用者がいなくてよかったな」
「うむ、身内贔屓を抜きにしても、他の使用者の訓練に支障が出ただろうな」
更衣室に繋がる通路から出てきた女性陣を見て、シンとシュバイドはうなずき合う。
皆、その肢体を惜しげもなくさらしており、男女問わず目が行ってしまうのは間違いない。
「シュニーもミルトちゃんも、結構雰囲気変えてきたわね。私も変えればよかったかしら」
「でも、たまにすごいの出ますよ?」
フィルマとティエラは以前海に出た際の水着からデザインの変更はないが、瑞々しい美しさもまたそのままだ。
フィルマの発言にティエラがあまり良い顔をしないのは、自身の水着の形状を決める際に少々際どいデザインが出てしまったからだろう。
プールには行かないと言っていたセティだったが、結局説得に応じて一緒に来ている。
「わかってたけど、皆、隠す気ないわね」
シンはセティの水着を、この世界で初めて目にした。
白地に華やかな花柄が浮かぶワンピース姿は可愛らしく、ツインテールになった髪型も似合っている。ただ、彼女の視線は他の皆の胸元に向かっている。
普段の服装よりもスタイルが顕著に出るので、どうしても差が気になってしまうようだ。
今回、装いが変わったのがミルトとシュニーだった。
「ふっふっふ。スク水も悪くはなかったけど、人前に出るならこういうやつじゃないと! それにしても、シュニーさんもデザインを変えたのは聞いてたけど、結構攻めたね」
「そういうつもりはありませんが」
「そぉかなぁ? 前のやつより、セクシーじゃない?」
ミルトは更新前の装備『和道闘衣』ではスク水というマニアックな設定だったが、更新後の装備である『流艶華装』では白のビキニに淡いピンク色のフリルが付いたものに変えていた。フリルはトップスが見えるくらいに薄く、色合いによっては隠せたであろう双丘は、相変わらずその存在を主張している。ただ、本人のはしゃぎようのせいで、子供っぽい雰囲気が強い。
そんなミルトに対して、シュニーの方は涼やかな青のビキニから黒いクロスホルターと呼ばれるタイプのビキニに変わっていた。首の前で交差した紐によって胸が中央に寄せられているため、深い谷間がより強調されている。また、ボトムスはレイヤードタイプになっており、派手さを好まないシュニーが纏うと、余計に想像を掻き立てられる見た目だ。
「ふぅん。シュニーが自分で選んだって感じのデザインじゃないわね。ミルトちゃんへの対抗心かしら」
フィルマのつぶやきを聞き、セティが首を横に振った。
「いやいや、フィル姉。多分、ミルトが変えるから自分もっていうのはただの口実で、本当は形状変化させた時のシンの反応が見たかったのよ。前のもシンが決めたやつだけど、今とは状況が違うし」
きっと一番反応が良かったのがあれなのねと、セティが持論を展開する。
それが聞こえていたシンは、よくわかってらっしゃると心の中でうなずいた。
パーティメンバーには伝えていないが、シュニーの水着のデザインが決まるまで、ミルトの倍の時間がかかっている。それだけ入念に選ばれた一品なのだ。
水着の変更を勧めたのはシンだが、シュニーも様々な水着を身につけるのを楽しんでいたのは間違いない。
ちなみにボツとして流れてしまったものも、一通りスクリーンショットで映像として残してあったりする。他人には絶対に見せないからとシュニーに拝み倒した末の戦利品だ。
「水着のことはいいですから、訓練の準備をしますよ」
「え、遊ぶんじゃないの!?」
訓練を始めようと促すシュニーに驚いて、ミルトが目を見開く。
「使っているのが私たちだけとはいえ、訓練所なのですから。多少はそれらしいことをしませんと、示しがつきません」
「監視員がいるわけでもないないのに」
「気構えの問題です」
「むぅ、なら、久しぶりに全力でやらせてもらうよ」
シュニーの発言にショックを受けていたミルトだったが、強い相手と戦うのも好きな彼女だった。それはそれと、気分を変えたらしい。
シンがこちらの世界に来てしっかりと水中戦を行ったのは、ギルドハウスの一つ『二式強襲艦セルシュトース』を捜索した時くらいだ。
大型ボスとの戦闘にダンジョンの探索と簡単なものではなかったが、こちらでの経験という意味ではやはり少ない。
水中戦の感覚を錆びつかせないために、ある程度の訓練を積むのは無駄にはならない。最初の一時間ほどは訓練に使うと決め、一対一、一対多数の模擬戦を行った。
メンバーのステータスが高いので、短時間でも内容は濃密だ。
ユズハやカゲロウも装備をつけると水中戦は難なくこなした。もともと水中呼吸用の装備は使えていたのだから、他が機能しない理由もないだろう。
ただ、水中ではカゲロウの能力である【影潜】は使えなかった。水底にできる影には潜れるみたいだが、それでは陸のようにすぐ近くに隠れて待機することはできない。
水中では姿を見せたまま、そばにいることになりそうだ。
訓練が終わると、土術でプールサイドに砂浜を再現し、ビーチバレーを行うことになった。発案はミルトである。これも、彼女がやってみたかったことの一つらしい。
「それ!」
ミルトの掛け声とともに、ボールがすさまじい勢いで叩き込まれる。
レアな素材を使って作られたバレーボールもどきはミルトの一撃に耐え、残像を残す勢いで宙を駆けた。
点はやらんとボールを受けたシンの腕に、衝撃が走る。
スキルを使って皆のステータスが同じくらいになるように調整してあるので、高い能力によるごり押しは不可能だ。
周囲の砂が衝撃で巻き上がるが、シンはしっかり受け切った。
勢いを殺されたボールが宙を舞う。
そこへ、わかっていたようにシュニーが跳んだ。スパイクは的確にコートの隅へ。
セティが読んでいたとばかりにレシーブの体勢をとる。
しかし、まっすぐ進んでいたボールが、突如蛇行した。
「あ、ちょっ!?」
ボールの速度と変化が、セティを惑わせた。反応速度は変わらないが、ステータスが下がっている分、動きに遅れが出た。腕にこそ当たったが、ボールはあらぬ方向へ飛んで砂浜を転がる。
「ラリーが続きすぎるからスキルありにしたけど、意外と楽しいね」
「そうだな。こういうスキルの使い方もあるって発見にもなったし。最初はどうなるかと思ったけど」
とりあえずで始めた当初は、ボールが残像を残す速度で打ち込まれる〝バレーのような何か〟だった。
今はステータスを制限したことでそれらしくなっているが、やはりシンの知るビーチバレーとは少し違う。
しかし、それを指摘するのは野暮というもの。ミルトだけでなく、他のメンバーも楽しんでいるようなので、これもありだ。
「さて、次は俺が審判か」
メンバーはくじ引きでチームを組み、審判は交代制だ。スキルという特殊技能ありなので、一チーム三人という変則設定である。なお、ユズハとカゲロウは見学だ。
「それにしても、これは」
飛び交うボールを確認したシンは、無表情を装いつつ内心で唸った。周りに誰もいないからか、皆動きに加減がない。
そのため、揺れる。何がとは言わないが、揺れるのだ。
見た目が水着でも、装備の効果で肉体的負担はない。加えて、ステータスを制限していると言っても、一般人より遥かに動きは激しい。
いつもより露出が多い格好で、跳んで、屈んで、走る。
シンとて、決してそこばかり見ているわけではないが……悲しき男の性か、つい目がいってしまうのだった。
「……あとが怖いな」
一瞬、こちらを向いたシュニーと視線が合った。間違いなく気付いている目だ。
やべっ、っとシンが思ったのとほぼ同時。シュニーの右腕が一瞬、自らの胸を持ち上げるように動く。
怒っているような、拗ねているような、そんな表情。
――見るのなら、私のだけにしなさい。
そう言われた気がしたシンだった。
「ではこちらへ」
黒の派閥からの迎えは、予定より二日早くやってきた。
一旦馬車でクリカラを出て、人目のつかないところで合流したのは、見上げるほどの巨体を持った鳥型モンスターのメガバードだ。
遠くからでも目立つ巨体を、黒の派閥が開発した迷彩装備が隠している。
シンたちの【隠蔽】とは違う、光の屈折を利用したタイプだ。完全に周囲に溶け込むのではなく、見えづらくなる程度の効果だが、空を行くにはそれで十分。
合流するために地上に降りる時は、装備を多重起動させてごまかしているようだ。
メガバードはゲーム時代も長距離輸送の一翼を担っていたモンスターで、NPCの商人たちが使役していた。
NPC専用の輸送モンスターで、商人プレイヤーでもメガバードを扱うことはできなかった。
プレイヤーがNPCに命令や依頼する形で輸送手段として使うのが一般的だ。
使役こそできないが、メガバードに内装工事をしたコンテナを運ばせ、その中から景色を楽しむ遊覧飛行というコンテンツもあり、人気を博していた。
シンたちを迎えに来たメガバードも、すぐ隣に移動用コンテナが置かれている。
移動手段を聞いた時に「多少早くなる」と言っていたのは、メガバードが使えれば、ということだったようだ。
もともと伝えられていた日数も少なかったが、さらに少なくなるというのも、これならば納得だ。
航空輸送は運べる量こそ少ないが、速度は圧倒的である。
移動している拠点に戻るのも、この方法なら場所によっていちいち移動手段を変えなくていいし、災害やモンスターといった予想外の事態に左右されないので確実だ。
シンはこちらの世界に来てからメガバードを見たことがなかったので、てっきりもう使われていないと思っていた。そのため、輸送や移動の選択肢から空路を外していたが、そういうわけではないらしい。
「便利なもんだな」
コンテナの中から小さくなっていく大地を眺めながら、シンはなんとなく思ったことを口にした。
「僕は使ったことなかったけど、人気があったのもわかるね」
ミルトとは違って、シンはゲーム時代に一度乗ったことがあった。あの時は景色を眺めて終わりだったが、今は色々と用途を思いつく。
「そういえば、黄金商会では見なかったな。これを使えば……」
『三式駆動基地ミラルトレア』や、『金の商人』レードの人形――ウェルベラッドを追う時に、もっと速く移動できたかもしれないと、シンは思った。
だが、そう都合よくメガバードがその場にいるわけもないし、飛行距離や補給の問題もある。
転移はプレイヤーやサポートキャラクターが使うものだったので、NPC専用モンスターを一緒に転移させられない可能性もあった。
黄金商会がメガバードを所有しているかどうかわからないが、使わなかったということは、使えない理由があったのだろう。
「何かあったのですか?」
「ああ……いや、あそこなら何羽か使役しててもおかしくないかなって」
クリュックの問いに、ちょっと苦しいかと思いながらシンは答えた。
「黄金商会でも、保有するメガバードの数は限られるでしょうね。維持にはかなりのコストがかかります。それに、メガバードを飼育できる者もかなり減っていますから」
メガバードはゲーム内では数少ない、NPCが飼育と繁殖をするモンスターでもあった。
プレイヤーが関わることはほとんどないので、〝そういうことをしている〟くらいの認識を、調教師など、一部のプレイヤーが持っている程度だ。シンも詳細は知らない。
今シンたちを運んでいるメガバードを操っている御者のジョブを確認したが、『鳥従士』という、聞いたことのないものだった。
雑談をしながら過ごしていると、地上の景色が変わる。
草原や荒野の緑や茶色から、濃い青へ。
海に出たようだ。
眼下に、港から出た漁船や、長距離航海用の大型船が見える。
それらを見送って、さらに進んだ先。見渡す限り海以外に何もない空間めがけて、メガバードが降下を始めた。
向かう先の景色が少しだけ歪んでいる。どうやら本拠地も迷彩装備の機能をつけているらしい。
「うわっ、何あれ!」
ティエラが驚くのも無理はない。
ある一点を過ぎた瞬間、突如目の前に島が現れたのだから。
「ここが我々の本拠地。パルダ島です」
「パルダ島……そうか。元は柊連合のギルドハウスか」
クリュックが言った島の名前に覚えがあったシンは、それを所有していたギルド名を口にした。
柊連合は単一のギルドではなく、複数の生産系ギルドが集まってできた、一種の共同体だ。
ギルドハウスも、島の購入資金を全ギルドで出し合って、共同購入という形をとったと聞いている。
「シン殿はここを知っていたのですか?」
「いえ、旅の途中で聞いた話に出てきた名前をたまたま覚えていただけですよ。エルフやドラグニルには、昔のことを実際に見聞きした人が残っていますから」
「なるほど、拠点を定めず世界中を旅するがゆえの知識ですか」
感心するクリュックに、そんな大仰に受け取らなくてもいいんだけどと思いながら、シンは曖昧にうなずいた。
一時期有名だったから見に行ったことがあるだけです、とは言えない。
メガバードは島の中心にある広場に降りた。
少し離れたところに数羽のメガバードがいる。空からは広場の横に牧場のようなものが見えたので、飼育施設が併設されているらしい。
シンたちのコンテナを降ろすと、御者は厩舎と思われる場所へメガバードを誘導していた。
コンテナの方は車輪がついており、そのまま馬で引いて移動できるようになっている。
「まずは黒の派閥の代表の方々に会っていただきます」
「それって、前に聞いた部門長ってやつですか?」
「そうです。一応は施設を見せる前の面談ですが、そのまま各専門分野の意見交換会になることが多いですね」
パルダ島に招待されるような人物は、大体が物作り大好き人間だ。未知の技術を知れるならばどこまでも、というタイプも多い。
クリュックが言った通り、自分の得意とする分野の部門長と意気投合することも少なくないそうだ。皆同じ体験をしているだけに、そうなったらなったで、誰も止めないらしい。
「どういう奴かの最終チェックだろ。それでいいのかと思わないでもないけど、気持ちはわかるんだよなぁ」
長ともなれば、所属する分野において豊富な知識を持っているに違いない。
同時に、未知の技術や知識には強い興味を示すはずだ。シンのように招待される者は、たいていが生産系の選定者であったり、特別な人物の弟子だったりすることが多く、話がとても合うのだろう。
シンも似たような経験があるため、うなずくしかない。
どんな人物かはパルダ島に呼ぶ前にチェックしているので、連れてきた時点で審査など必要ないも同然だ。
「こちらです」
コンテナから降りると、そこにあったのは大きな門。門の向こうには、工場とでも言うべき建物の上部が見える。実際、中身は生産関連の施設だという。
門が開くと、上部だけが見えていた建物の全容が現れ、中の喧騒が耳に届く。
馬に金属でできた柱を運ばせている者、紙の束を抱えて走る者、大声で怒鳴り合っている者など、ゲーム時代に多くの生産ギルドで繰り広げられていたのと同じ光景が、そこにあった。
何人かはシンたちに気づいた様子だ。近づいてくる者もいたが――
彼らが話しかけるより先に、工場の奥から爆発音が響く。
その音に、慌てて戻っていく者が数名。それ以外は、「またか」とでも言いたげな表情で、それぞれの目的地へ歩を進める。
慌てている者も、切羽詰まったというよりは、ちょっとした隠し事がバレた時のような様子だった。
「これぞ生産系の日常って感じですね」
「爆発するような実験はするなと、お達しが出ているんですがね……」
シンの感想に、クリュックが苦笑した。
「意図せず爆発するのはどうしようもないですよ。素材の中には、なぜそうする必要があるのかわからない処理が必要なものもありますから」
ゲーム時代の爆死経験者のシンとしては、新素材に挑む時は、とりあえず何度か死ぬ覚悟が必要だと知っていた。
さすがにこの世界ではそういうわけにもいかないので、安全マージンは取っているのだろう。
そうでなければ、さっきの爆発も一部の者が少し慌てるくらいでは済まないはずだ。
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