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19巻
19-2
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「ウォードッグたちもいるな」
シンに接触してきたウォードッグたちが、ナンバー37の足元にお座りしている。
シンたちを降ろしたゲルゲンガーは、形を変えずにナンバー37に近づいていく。
1メルほどの距離まで近づくと、頭を下げたナンバー37の眼前に光が集まり、30セメルほどの半透明の球体が現れた。
ゲルゲンガーがそれに触れると、球体は一度強く光ってから、ゆっくりと消える。
コアの支配が終わったのだろうとシンが思っていると、ナンバー37の体が灰色に変化した。
「お待たせいたしました。ここでの作業は完了です」
「色が変わったのも、コアの支配が関係してるのか?」
「はい。主の影響です」
ゲルゲンガーの主であるイレブンは、ドッペルゲンガーの上位種フェイスマンが基になっている。
基は、真っ黒の人形のような姿なので、その体色が影響しているのかもしれない。
思いのほか早く済んだので、すぐに移動を始める。
空を行くとなれば、砂海も砂漠も関係ない。日の光と熱気に注意するだけだ。
「……え、あれってもしかして」
砂海を越える際に、下を見ていたティエラが言った。
シンがその表情の先を見ると、巨大な口が閉じられるところだった。
「ラージ・ヘッドだな。日が出ているうちの捕食行動は珍しいぞ」
ラージ・ヘッドに呑み込まれる砂に、魚のようなシルエットが見える。
シンが視力を強化すると、砂海でおなじみのデザート・ファング――サーベルタイガーのような牙を持つ魚型モンスターだとわかった。
全長4メルはある大型の肉食魚だが、ラージ・ヘッドの巨大な口の中では、小魚にしか見えない。
やがて口が閉じたラージ・ヘッドは、静かに砂海へと沈んでいった。
ミルトも気づいていたようで、シンに聞こえるように感想を口にする。
「何度見ても豪快だね」
「狙われたほうはたまったもんじゃないけどな」
ラージ・ヘッドが砂海から飛び上がったとしても、万が一にも届かない距離にいるので、シンたたちは気楽なものだ。
「あんなものに狙われてたの、私たち……」
正体を知ったティエラは、顔色を悪くしている。
「レアアイテムをドロップするから、倒せればうまみもあるんだよ。囮を使えば、おびき出すのはそれほど難しくないしな」
「シンには、あれが素材の山に見えてるのね。おびき出せても戦いたくないわよ」
ティエラがぶるりと身を震わせるのは、寒さ以外の理由だろう。
砂海を越え、しばらくすると、イレブンの聖地が見えてくる。
聖地の中に降りるようで、ゲルゲンガーは城壁を越えた。
着陸前に聖地内を見渡したシンは、出発する前の襲撃で破壊されていた、建物や城壁の一部が直っていることに気づく。
城壁はともかく、建物を直す意味はあまりないように感じたが、きっと何かあるのだろう。
ゲルゲンガーが着陸したのは、ゲーム時代にプレイヤーで賑わっていた広場だ。
モンスターが聖地内を徘徊しているのは見えたが、広場には近づいてこない。本能的に、危険だと察しているのかもしれない。
ゲルゲンガーから降りたシンたちは、ゲルゲンガーの案内で聖地の中を進んだ。
目的地は、最初にイレブンと会った建物だ。
奥へ進むと、出会った時と同じようにイレブンがいた。違うのは、シンの姿を模倣していないところくらいだ。
「やあ、見事に依頼を果たしてくれたみたいだね。これで一安心だ」
相変わらず、道化じみた印象を受ける。
「これで、モンスターの大量発生は防いでもらえるんだな?」
「うん。間違いなく。ただしナンバー43の聖地は、まだ完全に支配下に置けていないから、もう少し先になるのは理解してほしいね」
これは瘴魔の介入が原因だ。イレブンとしても、コアの破壊は想定内。これだけならば、数日でナンバー43の支配域も掌握できたと語る。
しかし、瘴魔が守護者と一体化する事態は想定していなかったらしく、どのような状態なのか調査しなければならないため、時間がかかるようだ。
「もちろん、僕のところとナンバー37のところからの魔力流出はなくなる。ナンバー43がいなくなったから、あそこの聖地から出る魔力も少なくなる。よって、大陸側でのモンスター発生はぐっと少なくなるはずだよ。強さも以前より、数段下がるのは間違いない。レベルで言うと、200もいかないんじゃないかな。ただ、さっきも言ったけどすぐにゼロにはできない。こればっかりは時間をもらうしかないね」
これまで、一般人ではどうあっても太刀打ちできないレベルのモンスターが湧いていたのだから、十分な成果と言える。
シンたちの活躍によって、巨大な壁が設置されたとはいえ、モンスター同士の戦いにより強い個体が生まれる可能性はまだあった。
空を飛べるモンスターの中には、あの壁を越えられるものもいる。
海に適応しているモンスターなら、壁を迂回することもできる。
壁で大部分はせき止められるが、完璧ではなかったのだ。
モンスターの湧く頻度や強さが下がれば、強い個体が生まれる可能性も、生き残った個体がレベルアップする可能性も減る。
場合によっては、壁の一部を撤去することも可能だろう。
完全な魔力流出の停止までに必要な時間は、改めて大陸側――キルモント竜皇国に伝えると、イレブンは言った。
連絡手段や今回の話の内容は、シンたちが竜王であるザイクーンに伝える予定だ。
「さて、じゃあ君が一番気にしてる話に移ろうか」
イレブンが声のトーンを少し落として言った。
今回、シンがイレブンの依頼を受けたのは、大陸側に湧くモンスターをどうにかしたい、という理由だけではない。オリジンⅠの半身――冥王の居場所を知るためだ。
シンがこの世界に来ることになった原因を知りうる存在。その居場所がついにわかる。
「冥王の居場所だけど、君たちの大陸の下半分、エストと呼ばれるほうにある、ダンジョンの奥にいるよ」
人の寄り付かない場所や、そもそもたどり着けない場所にいるのだろうと思っていたので、驚きはない。
「ダンジョンか。未攻略か、未発見のダンジョンってところか?」
「一応、発見はされているよ。君たちが知っているかわからないけど、エストの南部に、ベイルリヒト王国って国がある。そこから北上した先に、亡霊平原っていう、アンデッドモンスターが徘徊する場所があるんだけど……君の表情を見るに、もう知っているのかな?」
「ああ、行ったこともある。確かダンジョンの一部が地表に露出していて、その影響でアンデッドモンスターが湧く、だったか」
スカルフェイス・ロードという、ゲームでは見たこともないモンスターが現れた場所でもある。
もしやあれに冥王が関係していたのだろうかと、シンは話をしながら当時のことを思い出した。
「正解だよ。僕も、なぜダンジョンの一部が地表に出ているのかまではわからない。けれど部下を放って調べていた時に、その奥から、創造主であるオリジンⅠと同じ気配を感じたんだ。そして、部下から僕の気配を感じ取ったのか、向こうから接触してきた。姿も確認してる。間違いないよ」
「直接会ったのか?」
「接触した部下を取り込んで、視覚情報を得た。ちょっとした端末みたいなものでね」
情報収集のために放っていた部下には、ゲルゲンガーのような自由意思はほとんどないらしい。
録画映像を見ているようなものだよ、と言って、イレブンは続ける。
「向こうは君に気づいていたみたいだけど、ちょっと予想外のことが起きて、会えなかったらしいんだ。たぶん、僕が冥王と接触したのは、君が亡霊平原に行った後なんだろうね」
そう言われてシンが思い浮かべたのは、やはりスカルフェイス・ロードのことだ。
最上位個体であるはずの、キングやクイーンを超えた能力も、冥王などという規格外の存在が関わっていたのなら納得できる。
「今はその問題も解消されているから、直接会うことも可能だよ。というか、実のところ、冥王も会いたがっていたんだ。ただ、オリジンⅠの半身ともなると、気軽に出歩くことはできないみたいでね」
「こっちから出向けば、拒否されることはないってことか?」
「そのはずだよ」
どんな理由で会いたがっているのかは疑問だが、少なくとも会うことはできるらしい。
しかしシンは、冥王の半身であるオリジンⅠを倒しているのだ。穏便に話が進まない気がしてならなかった。
「いきなり襲い掛かってこないだろうな?」
「それについては、ちょっと断言できないかな。でも、怒っているわけじゃないみたいだったよ。話がしたいって言ってたね」
「話、ね……」
冥王にとって、シンは半身の仇。そんな相手と話したいとは、どうにも理解できなかった。
「仲が良かったわけじゃないのかな? 半身だからこそ、反目し合ってたとか」
ミルトの言うことも一理あると、シンはイレブンに問う。
「そういうパターンもあるだろうけど。どうなんだ?」
「さすがにそこまではわからないよ。はっきりしているのは、冥王が、僕の創造主であるオリジンⅠの半身であること。そして、君との話し合いを望んでいることさ」
怒っているようには見えなかったと言うが、何を話すというのだろうか。
思いつくのは、半身であるオリジンⅠの最期がどうだったか、何かおかしなことがなかったか、そういったことを知りたいのかもしれない。
今回の一件で、瘴魔は守護者にすら干渉できることがわかった。
オリジンⅠも、何かの影響を受けていた可能性がある。
「ダンジョンに行けば、すぐに会えるのか? 俺と話したいなら、邪魔はしないだろうが」
「どうだろうね。僕の部下は常に姿を隠して移動していたけど、動き方を思い出すとなんとなく誘導されたようにも思う。でも、都合よくダンジョンの構造が変わるなんてことはなかったよ」
ダンジョン外に出るのが難しいという話だったが、話がしたいなら、呼び寄せるくらいはできそうなものである。
オリジンⅠの半身ならば、その程度の力は持っているだろう。
「とりあえず、僕から提供できるのはこのくらいだね。役に立ったかな?」
「立ったといえば立ったけど、接触は時間の問題だったような気もするぞ」
「それはそうだけどね。早く知れたほうがいいでしょ。こういう情報はさ」
シンの今後に関わりかねない情報である。早く知れたほうがいいというイレブンの言葉は正しい。
ただ、いいように利用された感もなくはなかった。
「それで、肝心の王たちとの交渉はどうやるんだ?」
聞きたかったことを聞き終えたシンたちは、キルモント竜皇国へ戻る準備を始めることにした。
皇国としても、今後の防衛戦略に関わる情報なので、シンたちの帰還を、今か今かと待っているはずである。
「とりあえず、この子を連れていってくれるかな」
そう言ってイレブンが差し出したのは、手のひらサイズの、半透明の黒っぽいスライム。
受け取ったシンは、自分の手のひらの上で、ぷるぷると震えるスライムを観察する。
【分析】によると、レベル50のプチスライムと出た。
プチスライムのレベル上限は30程度だったはずと思いながら、何の役目があるのかと考える。
「通信用のモンスターだよ。やり取りができるのは僕とだけなんだけどね」
イレブンがそう言うと、プチスライムの体の一部が伸びて、長方形の板状に変化した。さらに、平面部分に凹凸ができ、文字が浮かび上がる。
「僕の意思がそこに浮かび上がる。逆に、そこに何か書くと、僕に伝わる。君たちの言うチャットに近い能力だね」
「ゲルゲンガーにこいつを同行させれば、いつでも話ができたんじゃないか?」
「生み出せるようになったのは、隣の守護者を配下においたことで、使える力が増えたからだよ。君たちに会ったばかりのころはできなかったのさ」
これを王に渡してもらえれば、あとはシンたちがいなくてもやり取りができる。
メッセージカードでも連絡は取りあえるが、皇国との話し合いが簡単に終わるはずがない。
いちいちカードを送り合っていたら、どれだけ量があっても足りないので、プチスライムを生み出したようだ。
チャットとメール機能は本当に便利だからなと、シンも納得せざるを得ない。
「あ、そうだ。メッセージカードを1枚もらってもいいかな? こっちから連絡を入れることはないと思うけど、瘴魔が僕を狙ってこないとも限らないからね。一応の連絡手段は確保しておきたいんだ」
他にも、別の守護者が攻めてくるなんてことも、あるかもしれないともイレブンは言う。
イレブンに何かあると、大陸側に再びモンスターが湧く事態になりかねないので、シンはメッセージカードを渡した。
「もうやることはないな? じゃ、俺たちは行く」
こまごまとした確認を終え、帰路に就いた。
帰路と言っても、大陸への帰還は転移なので一瞬だ。孤島にも転移ポイントを設置したので、これからは行き来も簡単にできる。むろん、シンたち限定だが。
シンたちが転移で飛んだ先は、壁を設置する際に、兵士たちの移動に使った場所だ。
首都まで一気に飛んでもいいが、ともに戦ったライナやリューリィと話すくらいはいいだろうと思ったのだ。
彼らも早く結果が知りたいはずだ。
シンたちが出発してから時間が経っているからか、転移した場所の近くには、教会戦団の姿はなかった。残っている皇国軍にも見知った顔は見当たらない。
「壁が問題ないか、様子を見るために残ったって感じじゃないな」
周囲にモンスターの反応はない。
しかしシンから見える兵士たちは、誰もが武器防具ともにフル装備だ。マップの反応から、3重の円陣を組んでいるのがわかった。
「近衛第3師団か。壁を乗り越えてくるモンスターに対する備えとしてならば、わからんでもないが……」
シュバイドが考え込んでいるように、高レベルモンスターに対応する部隊をわざわざ臨戦態勢で残すことには、シンも疑問があった。
壁の向こう側のモンスターの大群は、シンたちが掃討したのだ。
考えていても埒が明かないので、シンたちは近衛第3師団と接触を試みた。
シュニーやシュバイド、教会戦団所属のミルトもいるので、孤島で起こったことの報告がしたいと言うと、すぐに対応してくれた。
報告がてら話を聞いてみると、なんと、先日砦ひとつを陥落させた神獣、ヴォルフリートが出現したらしい。
「俺たちがいない間に、ヴォルフリートとはな」
最寄りの砦まで後退する準備をしていた、教会戦団の騎士が最初に発見したらしい。
攻撃してくることはなく、設置された防壁を見上げていた。
ヴォルフリートの強大な戦闘力は周知されていたので、こちらからも仕掛けはしなかった。
しばらくするとどこかへ走り去ったと、第3師団の指揮官が教えてくれた。
「砦に攻撃を仕掛けてきたから、人類に対して敵対的なのかとも思ったが、そうでもないようだ。分が悪いと引いたわけではなかろう」
シンもうなずく。
「同意見だな。炎が青かったって話だから、確実に特殊個体だ。普通のやつより強いはずで、ただ歩くだけで、一般兵が火だるまになる。戦う気だったら、今ごろこの辺は焼け野原だろうな」
防衛用の砦のを苦もなく落とす相手だ。まともに戦えば、皇国軍も教会戦団も壊滅していた可能性が高かった。
「僕は、壁を見てたっていうのが気になるよ。壊そうと思ってきたのかな?」
ミルトが首をかしげている。
「それなら、強度を確かめるために一発くらい攻撃してもよくないか? ヴォルフリートのスキル構成はガチガチの戦闘タイプ。特殊個体もそのパワーアップ版で、大きく変わるやつはいなかったはずだ。見るだけで強度を測るようなこと、できないと思うけどな」
ヴォルフリートは人気のモンスターだったので、スキル構成や行動パターンなどの情報は、検証勢と呼ばれる有志のプレイヤーによって、かなり詳細に調査されていた。
プレイヤーの仕掛けた罠を感知することもあるが、これは嗅覚や触覚といった五感を駆使したもので、プレイヤーの使う障壁や、「~ウォール」と名の付く魔術スキルによる障害物などは、力業で叩き潰すのがヴォルフリートの戦い方である。
「モンスターの中には、スキルによる障壁や魔術で作り出した障害物の強度を、攻撃せずに察する個体もいます。今回現れたヴォルフリートも、そうなのかもしれません」
ここでシュニーが意見を出した。
多くのモンスターと戦ってきたシュニーは、シンやミルトの知らない、ゲームのころにはなかった反応を知っていたようだ。
「シュニーは、『栄華の落日』のあとにヴォルフリートと戦ったことはあるのか?」
「ありません。神獣と呼ばれるモンスターの多くは、滅多に人前に姿を見せませんから。先ほどの話も、あくまで経験則です。ただ、一般的なモンスターにできることを神獣ができないというのは考えづらいです」
「確かにねぇ」
今のところ、目撃されたのは一回のみ。
壁自体は広範囲に展開されているので、観察するだけならどこから見ても変わらないはずだ。
「わからないことばかりだな」
謎がひとつ解決すると、新しい謎が湧いてくる気がした。
「はいはい。考え込むのはそこまで。もういない相手のことより、今はやることがあるでしょ」
場の空気を切り替えるように、フィルマが割り込んできた。
「そうだな。城に向かうか」
知り合いはすでに移動してしまっている。どこまで進んでいるかわからないので、追いかけることはせずに直接首都に飛ぶことにした。
王城から連絡も行くはずなので、フィルマに促されるまま、シンは転移を起動する。
キルモントの首都から少し離れた場所に転移したシンたちは、馬車を具現化して門へ近づく。
順番待ちをしている人々から視線が飛ぶが、シュバイドが御者台に座っているからか、文句を言われることはなかった。
初代竜王であるシュバイドが国を出た話は広まりつつあるようで、並んでいる人からは、本物なのか、似ているだけでは、などと憶測が飛んでいた。
「城までご案内いたします!」
門に到着すると、待っていたとばかりに騎士から声がかかる。
普段は閉じられている、軍や貴族などを迎えるための門を通り、シンたちは首都の中へ入った。
先導されて城に入ると、騎士が馬車を預かると申し出てくれたが、カード化できるからと断り、その場で収納して見せた。
「戻ったか。報告は聞いている。よくやってくれた」
案内された部屋に入ると、キルモントに残っていた王や重鎮たちから、感謝の言葉がかけられる。
教会戦団のライナたちもおり、ミルトに笑顔でうなずいていた。
「これが連絡用のモンスターか。遠方と連絡が取れるというのに、必要な餌が一日にパンひとつとは。恐ろしいものよ」
シンもプチスライムの生態には詳しくない。ただ、イレブンがそれで十分生きていけるというのだからそうなのだろう。
遠距離通信は、この世界では途轍もない価値がある。
今のところ連絡を取れるのがイレブンだけだとしても、価値としては十分だ。
「しかし、本当に褒美はいらぬと申すか? 此度の一件、功績の大きさは勲章ひとつどころの話ではないぞ」
シュバイドが元竜王であることや、シュニーがこういった緊急時に報酬を多く求めないことなどを考慮しても、礼のひとつで済ませられるはずもない。
壁の設置による安全の確保、高レベルモンスターの群れへの対処、さらに長年の負担であった、モンスターが大量に出現する氾濫の鎮静化まで、ほぼ成功させたのだ。
氾濫についてはまだ完全な解決ではないが、幸い、イレブンは金や土地といった人間の欲しがるようなものは必要としていない。よって、こちらから侵攻するような無謀なことでもしない限り、問題はなかった。
イレブンからは、面白そうなものがあれば物々交換がしたいと言われたくらいだ。
「今回の一件で、我々も十分な利益を得ています。これを見てください」
そう言って、シュニーはアングアイニの残骸から取れたオリハルコンの塊を、テーブルの上に置いた。
ザイクーンは目を細くし、オリハルコンの塊を見つめている。他にも、何人か目を見開いているドラグニルがいた。
拳三つ分はあるだろうオリハルコンの塊が、どのような価値を持つか、わかっているのだ。
「これと同じものが馬車いっぱいにあります。そして、これ以外の魔法金属もいくつか」
「なんと……!」
オリハルコンのインゴットひとつで、白金貨が動く。
それが馬車いっぱいあるとすれば、驚天動地の話だ。
実際、目を見開いていたドラグニルたちは口が半開きになった。
「さらに言うならば、私たちにはこれらを、完璧に扱うことのできる鍛冶師がいます。利益として十分すぎることは、ご理解いただけるかと」
「……で、あるな。金額ならどれほどの値になるかわからぬし、それらを使って作られる武具の価値も計り知れん」
オリハルコンをシン以上に扱える者はいないと言っていい。
ゲーム時代のプレイヤーの中には、シンと同等の腕前を持つ者もいたが、生産系のプレイヤーは死亡者数が少なく、この世界に来ている者はさらに少ない。
シンの正体を知っているザイクーンは、それがわかるだけにうなずくしかなかった。
シンに接触してきたウォードッグたちが、ナンバー37の足元にお座りしている。
シンたちを降ろしたゲルゲンガーは、形を変えずにナンバー37に近づいていく。
1メルほどの距離まで近づくと、頭を下げたナンバー37の眼前に光が集まり、30セメルほどの半透明の球体が現れた。
ゲルゲンガーがそれに触れると、球体は一度強く光ってから、ゆっくりと消える。
コアの支配が終わったのだろうとシンが思っていると、ナンバー37の体が灰色に変化した。
「お待たせいたしました。ここでの作業は完了です」
「色が変わったのも、コアの支配が関係してるのか?」
「はい。主の影響です」
ゲルゲンガーの主であるイレブンは、ドッペルゲンガーの上位種フェイスマンが基になっている。
基は、真っ黒の人形のような姿なので、その体色が影響しているのかもしれない。
思いのほか早く済んだので、すぐに移動を始める。
空を行くとなれば、砂海も砂漠も関係ない。日の光と熱気に注意するだけだ。
「……え、あれってもしかして」
砂海を越える際に、下を見ていたティエラが言った。
シンがその表情の先を見ると、巨大な口が閉じられるところだった。
「ラージ・ヘッドだな。日が出ているうちの捕食行動は珍しいぞ」
ラージ・ヘッドに呑み込まれる砂に、魚のようなシルエットが見える。
シンが視力を強化すると、砂海でおなじみのデザート・ファング――サーベルタイガーのような牙を持つ魚型モンスターだとわかった。
全長4メルはある大型の肉食魚だが、ラージ・ヘッドの巨大な口の中では、小魚にしか見えない。
やがて口が閉じたラージ・ヘッドは、静かに砂海へと沈んでいった。
ミルトも気づいていたようで、シンに聞こえるように感想を口にする。
「何度見ても豪快だね」
「狙われたほうはたまったもんじゃないけどな」
ラージ・ヘッドが砂海から飛び上がったとしても、万が一にも届かない距離にいるので、シンたたちは気楽なものだ。
「あんなものに狙われてたの、私たち……」
正体を知ったティエラは、顔色を悪くしている。
「レアアイテムをドロップするから、倒せればうまみもあるんだよ。囮を使えば、おびき出すのはそれほど難しくないしな」
「シンには、あれが素材の山に見えてるのね。おびき出せても戦いたくないわよ」
ティエラがぶるりと身を震わせるのは、寒さ以外の理由だろう。
砂海を越え、しばらくすると、イレブンの聖地が見えてくる。
聖地の中に降りるようで、ゲルゲンガーは城壁を越えた。
着陸前に聖地内を見渡したシンは、出発する前の襲撃で破壊されていた、建物や城壁の一部が直っていることに気づく。
城壁はともかく、建物を直す意味はあまりないように感じたが、きっと何かあるのだろう。
ゲルゲンガーが着陸したのは、ゲーム時代にプレイヤーで賑わっていた広場だ。
モンスターが聖地内を徘徊しているのは見えたが、広場には近づいてこない。本能的に、危険だと察しているのかもしれない。
ゲルゲンガーから降りたシンたちは、ゲルゲンガーの案内で聖地の中を進んだ。
目的地は、最初にイレブンと会った建物だ。
奥へ進むと、出会った時と同じようにイレブンがいた。違うのは、シンの姿を模倣していないところくらいだ。
「やあ、見事に依頼を果たしてくれたみたいだね。これで一安心だ」
相変わらず、道化じみた印象を受ける。
「これで、モンスターの大量発生は防いでもらえるんだな?」
「うん。間違いなく。ただしナンバー43の聖地は、まだ完全に支配下に置けていないから、もう少し先になるのは理解してほしいね」
これは瘴魔の介入が原因だ。イレブンとしても、コアの破壊は想定内。これだけならば、数日でナンバー43の支配域も掌握できたと語る。
しかし、瘴魔が守護者と一体化する事態は想定していなかったらしく、どのような状態なのか調査しなければならないため、時間がかかるようだ。
「もちろん、僕のところとナンバー37のところからの魔力流出はなくなる。ナンバー43がいなくなったから、あそこの聖地から出る魔力も少なくなる。よって、大陸側でのモンスター発生はぐっと少なくなるはずだよ。強さも以前より、数段下がるのは間違いない。レベルで言うと、200もいかないんじゃないかな。ただ、さっきも言ったけどすぐにゼロにはできない。こればっかりは時間をもらうしかないね」
これまで、一般人ではどうあっても太刀打ちできないレベルのモンスターが湧いていたのだから、十分な成果と言える。
シンたちの活躍によって、巨大な壁が設置されたとはいえ、モンスター同士の戦いにより強い個体が生まれる可能性はまだあった。
空を飛べるモンスターの中には、あの壁を越えられるものもいる。
海に適応しているモンスターなら、壁を迂回することもできる。
壁で大部分はせき止められるが、完璧ではなかったのだ。
モンスターの湧く頻度や強さが下がれば、強い個体が生まれる可能性も、生き残った個体がレベルアップする可能性も減る。
場合によっては、壁の一部を撤去することも可能だろう。
完全な魔力流出の停止までに必要な時間は、改めて大陸側――キルモント竜皇国に伝えると、イレブンは言った。
連絡手段や今回の話の内容は、シンたちが竜王であるザイクーンに伝える予定だ。
「さて、じゃあ君が一番気にしてる話に移ろうか」
イレブンが声のトーンを少し落として言った。
今回、シンがイレブンの依頼を受けたのは、大陸側に湧くモンスターをどうにかしたい、という理由だけではない。オリジンⅠの半身――冥王の居場所を知るためだ。
シンがこの世界に来ることになった原因を知りうる存在。その居場所がついにわかる。
「冥王の居場所だけど、君たちの大陸の下半分、エストと呼ばれるほうにある、ダンジョンの奥にいるよ」
人の寄り付かない場所や、そもそもたどり着けない場所にいるのだろうと思っていたので、驚きはない。
「ダンジョンか。未攻略か、未発見のダンジョンってところか?」
「一応、発見はされているよ。君たちが知っているかわからないけど、エストの南部に、ベイルリヒト王国って国がある。そこから北上した先に、亡霊平原っていう、アンデッドモンスターが徘徊する場所があるんだけど……君の表情を見るに、もう知っているのかな?」
「ああ、行ったこともある。確かダンジョンの一部が地表に露出していて、その影響でアンデッドモンスターが湧く、だったか」
スカルフェイス・ロードという、ゲームでは見たこともないモンスターが現れた場所でもある。
もしやあれに冥王が関係していたのだろうかと、シンは話をしながら当時のことを思い出した。
「正解だよ。僕も、なぜダンジョンの一部が地表に出ているのかまではわからない。けれど部下を放って調べていた時に、その奥から、創造主であるオリジンⅠと同じ気配を感じたんだ。そして、部下から僕の気配を感じ取ったのか、向こうから接触してきた。姿も確認してる。間違いないよ」
「直接会ったのか?」
「接触した部下を取り込んで、視覚情報を得た。ちょっとした端末みたいなものでね」
情報収集のために放っていた部下には、ゲルゲンガーのような自由意思はほとんどないらしい。
録画映像を見ているようなものだよ、と言って、イレブンは続ける。
「向こうは君に気づいていたみたいだけど、ちょっと予想外のことが起きて、会えなかったらしいんだ。たぶん、僕が冥王と接触したのは、君が亡霊平原に行った後なんだろうね」
そう言われてシンが思い浮かべたのは、やはりスカルフェイス・ロードのことだ。
最上位個体であるはずの、キングやクイーンを超えた能力も、冥王などという規格外の存在が関わっていたのなら納得できる。
「今はその問題も解消されているから、直接会うことも可能だよ。というか、実のところ、冥王も会いたがっていたんだ。ただ、オリジンⅠの半身ともなると、気軽に出歩くことはできないみたいでね」
「こっちから出向けば、拒否されることはないってことか?」
「そのはずだよ」
どんな理由で会いたがっているのかは疑問だが、少なくとも会うことはできるらしい。
しかしシンは、冥王の半身であるオリジンⅠを倒しているのだ。穏便に話が進まない気がしてならなかった。
「いきなり襲い掛かってこないだろうな?」
「それについては、ちょっと断言できないかな。でも、怒っているわけじゃないみたいだったよ。話がしたいって言ってたね」
「話、ね……」
冥王にとって、シンは半身の仇。そんな相手と話したいとは、どうにも理解できなかった。
「仲が良かったわけじゃないのかな? 半身だからこそ、反目し合ってたとか」
ミルトの言うことも一理あると、シンはイレブンに問う。
「そういうパターンもあるだろうけど。どうなんだ?」
「さすがにそこまではわからないよ。はっきりしているのは、冥王が、僕の創造主であるオリジンⅠの半身であること。そして、君との話し合いを望んでいることさ」
怒っているようには見えなかったと言うが、何を話すというのだろうか。
思いつくのは、半身であるオリジンⅠの最期がどうだったか、何かおかしなことがなかったか、そういったことを知りたいのかもしれない。
今回の一件で、瘴魔は守護者にすら干渉できることがわかった。
オリジンⅠも、何かの影響を受けていた可能性がある。
「ダンジョンに行けば、すぐに会えるのか? 俺と話したいなら、邪魔はしないだろうが」
「どうだろうね。僕の部下は常に姿を隠して移動していたけど、動き方を思い出すとなんとなく誘導されたようにも思う。でも、都合よくダンジョンの構造が変わるなんてことはなかったよ」
ダンジョン外に出るのが難しいという話だったが、話がしたいなら、呼び寄せるくらいはできそうなものである。
オリジンⅠの半身ならば、その程度の力は持っているだろう。
「とりあえず、僕から提供できるのはこのくらいだね。役に立ったかな?」
「立ったといえば立ったけど、接触は時間の問題だったような気もするぞ」
「それはそうだけどね。早く知れたほうがいいでしょ。こういう情報はさ」
シンの今後に関わりかねない情報である。早く知れたほうがいいというイレブンの言葉は正しい。
ただ、いいように利用された感もなくはなかった。
「それで、肝心の王たちとの交渉はどうやるんだ?」
聞きたかったことを聞き終えたシンたちは、キルモント竜皇国へ戻る準備を始めることにした。
皇国としても、今後の防衛戦略に関わる情報なので、シンたちの帰還を、今か今かと待っているはずである。
「とりあえず、この子を連れていってくれるかな」
そう言ってイレブンが差し出したのは、手のひらサイズの、半透明の黒っぽいスライム。
受け取ったシンは、自分の手のひらの上で、ぷるぷると震えるスライムを観察する。
【分析】によると、レベル50のプチスライムと出た。
プチスライムのレベル上限は30程度だったはずと思いながら、何の役目があるのかと考える。
「通信用のモンスターだよ。やり取りができるのは僕とだけなんだけどね」
イレブンがそう言うと、プチスライムの体の一部が伸びて、長方形の板状に変化した。さらに、平面部分に凹凸ができ、文字が浮かび上がる。
「僕の意思がそこに浮かび上がる。逆に、そこに何か書くと、僕に伝わる。君たちの言うチャットに近い能力だね」
「ゲルゲンガーにこいつを同行させれば、いつでも話ができたんじゃないか?」
「生み出せるようになったのは、隣の守護者を配下においたことで、使える力が増えたからだよ。君たちに会ったばかりのころはできなかったのさ」
これを王に渡してもらえれば、あとはシンたちがいなくてもやり取りができる。
メッセージカードでも連絡は取りあえるが、皇国との話し合いが簡単に終わるはずがない。
いちいちカードを送り合っていたら、どれだけ量があっても足りないので、プチスライムを生み出したようだ。
チャットとメール機能は本当に便利だからなと、シンも納得せざるを得ない。
「あ、そうだ。メッセージカードを1枚もらってもいいかな? こっちから連絡を入れることはないと思うけど、瘴魔が僕を狙ってこないとも限らないからね。一応の連絡手段は確保しておきたいんだ」
他にも、別の守護者が攻めてくるなんてことも、あるかもしれないともイレブンは言う。
イレブンに何かあると、大陸側に再びモンスターが湧く事態になりかねないので、シンはメッセージカードを渡した。
「もうやることはないな? じゃ、俺たちは行く」
こまごまとした確認を終え、帰路に就いた。
帰路と言っても、大陸への帰還は転移なので一瞬だ。孤島にも転移ポイントを設置したので、これからは行き来も簡単にできる。むろん、シンたち限定だが。
シンたちが転移で飛んだ先は、壁を設置する際に、兵士たちの移動に使った場所だ。
首都まで一気に飛んでもいいが、ともに戦ったライナやリューリィと話すくらいはいいだろうと思ったのだ。
彼らも早く結果が知りたいはずだ。
シンたちが出発してから時間が経っているからか、転移した場所の近くには、教会戦団の姿はなかった。残っている皇国軍にも見知った顔は見当たらない。
「壁が問題ないか、様子を見るために残ったって感じじゃないな」
周囲にモンスターの反応はない。
しかしシンから見える兵士たちは、誰もが武器防具ともにフル装備だ。マップの反応から、3重の円陣を組んでいるのがわかった。
「近衛第3師団か。壁を乗り越えてくるモンスターに対する備えとしてならば、わからんでもないが……」
シュバイドが考え込んでいるように、高レベルモンスターに対応する部隊をわざわざ臨戦態勢で残すことには、シンも疑問があった。
壁の向こう側のモンスターの大群は、シンたちが掃討したのだ。
考えていても埒が明かないので、シンたちは近衛第3師団と接触を試みた。
シュニーやシュバイド、教会戦団所属のミルトもいるので、孤島で起こったことの報告がしたいと言うと、すぐに対応してくれた。
報告がてら話を聞いてみると、なんと、先日砦ひとつを陥落させた神獣、ヴォルフリートが出現したらしい。
「俺たちがいない間に、ヴォルフリートとはな」
最寄りの砦まで後退する準備をしていた、教会戦団の騎士が最初に発見したらしい。
攻撃してくることはなく、設置された防壁を見上げていた。
ヴォルフリートの強大な戦闘力は周知されていたので、こちらからも仕掛けはしなかった。
しばらくするとどこかへ走り去ったと、第3師団の指揮官が教えてくれた。
「砦に攻撃を仕掛けてきたから、人類に対して敵対的なのかとも思ったが、そうでもないようだ。分が悪いと引いたわけではなかろう」
シンもうなずく。
「同意見だな。炎が青かったって話だから、確実に特殊個体だ。普通のやつより強いはずで、ただ歩くだけで、一般兵が火だるまになる。戦う気だったら、今ごろこの辺は焼け野原だろうな」
防衛用の砦のを苦もなく落とす相手だ。まともに戦えば、皇国軍も教会戦団も壊滅していた可能性が高かった。
「僕は、壁を見てたっていうのが気になるよ。壊そうと思ってきたのかな?」
ミルトが首をかしげている。
「それなら、強度を確かめるために一発くらい攻撃してもよくないか? ヴォルフリートのスキル構成はガチガチの戦闘タイプ。特殊個体もそのパワーアップ版で、大きく変わるやつはいなかったはずだ。見るだけで強度を測るようなこと、できないと思うけどな」
ヴォルフリートは人気のモンスターだったので、スキル構成や行動パターンなどの情報は、検証勢と呼ばれる有志のプレイヤーによって、かなり詳細に調査されていた。
プレイヤーの仕掛けた罠を感知することもあるが、これは嗅覚や触覚といった五感を駆使したもので、プレイヤーの使う障壁や、「~ウォール」と名の付く魔術スキルによる障害物などは、力業で叩き潰すのがヴォルフリートの戦い方である。
「モンスターの中には、スキルによる障壁や魔術で作り出した障害物の強度を、攻撃せずに察する個体もいます。今回現れたヴォルフリートも、そうなのかもしれません」
ここでシュニーが意見を出した。
多くのモンスターと戦ってきたシュニーは、シンやミルトの知らない、ゲームのころにはなかった反応を知っていたようだ。
「シュニーは、『栄華の落日』のあとにヴォルフリートと戦ったことはあるのか?」
「ありません。神獣と呼ばれるモンスターの多くは、滅多に人前に姿を見せませんから。先ほどの話も、あくまで経験則です。ただ、一般的なモンスターにできることを神獣ができないというのは考えづらいです」
「確かにねぇ」
今のところ、目撃されたのは一回のみ。
壁自体は広範囲に展開されているので、観察するだけならどこから見ても変わらないはずだ。
「わからないことばかりだな」
謎がひとつ解決すると、新しい謎が湧いてくる気がした。
「はいはい。考え込むのはそこまで。もういない相手のことより、今はやることがあるでしょ」
場の空気を切り替えるように、フィルマが割り込んできた。
「そうだな。城に向かうか」
知り合いはすでに移動してしまっている。どこまで進んでいるかわからないので、追いかけることはせずに直接首都に飛ぶことにした。
王城から連絡も行くはずなので、フィルマに促されるまま、シンは転移を起動する。
キルモントの首都から少し離れた場所に転移したシンたちは、馬車を具現化して門へ近づく。
順番待ちをしている人々から視線が飛ぶが、シュバイドが御者台に座っているからか、文句を言われることはなかった。
初代竜王であるシュバイドが国を出た話は広まりつつあるようで、並んでいる人からは、本物なのか、似ているだけでは、などと憶測が飛んでいた。
「城までご案内いたします!」
門に到着すると、待っていたとばかりに騎士から声がかかる。
普段は閉じられている、軍や貴族などを迎えるための門を通り、シンたちは首都の中へ入った。
先導されて城に入ると、騎士が馬車を預かると申し出てくれたが、カード化できるからと断り、その場で収納して見せた。
「戻ったか。報告は聞いている。よくやってくれた」
案内された部屋に入ると、キルモントに残っていた王や重鎮たちから、感謝の言葉がかけられる。
教会戦団のライナたちもおり、ミルトに笑顔でうなずいていた。
「これが連絡用のモンスターか。遠方と連絡が取れるというのに、必要な餌が一日にパンひとつとは。恐ろしいものよ」
シンもプチスライムの生態には詳しくない。ただ、イレブンがそれで十分生きていけるというのだからそうなのだろう。
遠距離通信は、この世界では途轍もない価値がある。
今のところ連絡を取れるのがイレブンだけだとしても、価値としては十分だ。
「しかし、本当に褒美はいらぬと申すか? 此度の一件、功績の大きさは勲章ひとつどころの話ではないぞ」
シュバイドが元竜王であることや、シュニーがこういった緊急時に報酬を多く求めないことなどを考慮しても、礼のひとつで済ませられるはずもない。
壁の設置による安全の確保、高レベルモンスターの群れへの対処、さらに長年の負担であった、モンスターが大量に出現する氾濫の鎮静化まで、ほぼ成功させたのだ。
氾濫についてはまだ完全な解決ではないが、幸い、イレブンは金や土地といった人間の欲しがるようなものは必要としていない。よって、こちらから侵攻するような無謀なことでもしない限り、問題はなかった。
イレブンからは、面白そうなものがあれば物々交換がしたいと言われたくらいだ。
「今回の一件で、我々も十分な利益を得ています。これを見てください」
そう言って、シュニーはアングアイニの残骸から取れたオリハルコンの塊を、テーブルの上に置いた。
ザイクーンは目を細くし、オリハルコンの塊を見つめている。他にも、何人か目を見開いているドラグニルがいた。
拳三つ分はあるだろうオリハルコンの塊が、どのような価値を持つか、わかっているのだ。
「これと同じものが馬車いっぱいにあります。そして、これ以外の魔法金属もいくつか」
「なんと……!」
オリハルコンのインゴットひとつで、白金貨が動く。
それが馬車いっぱいあるとすれば、驚天動地の話だ。
実際、目を見開いていたドラグニルたちは口が半開きになった。
「さらに言うならば、私たちにはこれらを、完璧に扱うことのできる鍛冶師がいます。利益として十分すぎることは、ご理解いただけるかと」
「……で、あるな。金額ならどれほどの値になるかわからぬし、それらを使って作られる武具の価値も計り知れん」
オリハルコンをシン以上に扱える者はいないと言っていい。
ゲーム時代のプレイヤーの中には、シンと同等の腕前を持つ者もいたが、生産系のプレイヤーは死亡者数が少なく、この世界に来ている者はさらに少ない。
シンの正体を知っているザイクーンは、それがわかるだけにうなずくしかなかった。
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