THE NEW GATE

風波しのぎ

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7巻

7-2

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 尋問という名の拷問ごうもんによってブルクから得た情報よりも、首輪の数が少なかった。とりあえずある分をカード化してアイテムボックスへと収納する。

「後ひとつあるはずだが……」

 シンのスキルによって白状した以上、ブルクがいつわりの情報をしゃべったということはない。
 考えられるのは、近くの別の場所にあるということだが。

「部屋にあるというのは間違いないはず」

 騎士と協力して室内を隅々すみずみまで探していく。
 ブルクの使っている部屋も、リリシラの部屋同様隠し部屋が存在する。何かを隠すとしたらそこだろうと、シュバイドは壁を操作した。
 鈍い音を立てて開かれる扉。そこからはすさまじい腐臭が漂ってきた。
 シュバイドの後ろで控えていた騎士が、思わず鼻を押さえてしまうほどの臭気。戦場を潜り抜け、血や臓物ぞうもつの臭いに慣れているはずの騎士ですら、顔をしかめていた。

「シュバイド殿、これは……」
「あまりよい予感はせんな。この先に罠がないことは確認が取れている。我のみで行ってもいいが、貴公らはどうする?」
「私と部下を1人お連れください。臭いにおくするなど、騎士のはじというもの。残りの者には、ここで見落としがないか確認をさせましょう」

 もっともレベルの高い騎士2人がシュバイドに続く。通路を進むにつれて、臭いはさらに強くなっていった。
 突き当たりにあった扉を開けると、そこには1人の少女が倒れていた。
 シュバイドが近寄ってみると、髪の間から細長い耳がのぞいている。HPはそれほど減っていないが、複数の状態異常にかかっていた。
 意識を失っているようで、ピクリとも動かない。

「まだ息はある。先にこの少女を外に運ぶ」
「了解です」

 シュバイドの判断に従い、騎士が先行して外へと走る。治療を専門とする者を呼びに行ったのだ。
 その間に、シュバイドはアイテムボックスから万能薬エリクサーを具現化させ、少女の口に運ぶ。
 少女が金色に輝く液体を嚥下えんげしたのを確認し、シュバイドは立ち上がった。
 心話しんわでシンたちに連絡を取り、少女を抱えたまま部屋を出る。
 シンと合流すると、ベッドのある部屋へと移動した。

「さっさと解除するか」

 ベッドに寝かされた少女の首に、シンが手を当てる。ミリーたちの時と同様に、装着されていた首輪が砕け散った。
 しかし、少女は目を覚まさない。

「ひどいな」
「我には詳しい見立てはわからんのだ。説明してほしい」

 シュバイドの求めに、シンはうなずく。瘴気による精神の衰弱すいじゃくは、ゲーム時代と同じ可能性が高い。

「この際だ、みんなも聞いてほしい。この少女だが、濃い瘴気に当てられたせいで昏睡こんすい状態になっている。たぶん、1、2週間、長ければ数ヶ月は目を覚まさないと思う」
「一体、どうなっているのですか?」
「濃い瘴気に触れ続けると、本人に強い耐性があるか、抵抗力を高める薬を飲まない限り、肉体よりも先に精神が衰弱してしまうんです。手遅れになると、二度と目を覚ましません」

 リリシラの質問に、シンはゲーム時代の知識を総動員して答える。
 瘴気は状態異常やMP減少などのペナルティ以外にも、マイナスの効果を持つ。プレイヤー所有のNPC以外のNPCを行動不能にするのだ。
 プレイヤーやサポートキャラの場合はバッドステータスや、ステータス低下が起こる。
 かつてゲーム時代にシンが体験した、都市内で瘴気が発生するイベントでは、都市内のNPCショップや冒険者ギルドなどが軒並のきなみ機能しなくなった。
 瘴気による精神汚染おせんによって、昏睡状態になったという設定だ。
 おかげで瘴気発生関連のイベントは、事態が重くなる前にギルドのわくを超えたプレイヤーの協力によって即時クリアされるようになった。その設定が生きているなら、この女性も同じ状態になっていると予想がつく。
 シンはシュバイドから、ブルクの部屋の中に濃い瘴気が溜まっていたことを聞いている。
 ゲームの知識と部屋の状態から考えられるのは、それしかなかった。

「この方は大丈夫なのですか?」
「はい。幸い、瘴気にさらされていた時間は長くないみたいです。手遅れになると身体が変色しますから、一目でわかりますし」

 ゲーム時代、手遅れになったNPCは体がどす黒く変色し、次の日には別のNPCに入れ替わっていることがあった。あれが二度と目覚めなかったということなのだろう。

「誰か、この女性に見覚えはありますか?」

 シンの問いに、周囲にいた誰もが首を横に振った。
 シュニーやシュバイドはもちろん、リリシラやヴィルヘルムを案内していた男なども知らないようだった。

「ミリーちゃんと同じく、攫われてきたのでしょう。この方は、目を覚ますまで私たちが保護します。お世話は任せてください」

 同じエルフとして放ってはおけないと、リリシラが名乗りを上げる。
 ブルクというかせがいなくなった今、枢機卿の地位を持つリリシラならば、少女を1人保護するくらいたやすいことだった。
 少女がいつ目覚めるかわからないので、シンたちにとってもその提案は都合がいい。

「申し訳ないですけど、よろしくお願いします」

 少女をリリシラに任せることが決まり、一旦リリシラの部屋へと戻る。病人のいる部屋に大勢で留まる意味はない。

「これが回収した首輪だ」

 部屋についてから、シュバイドは回収していた首輪をカード状態でシンへ手渡す。
 ここで検分を始めるわけにも行かないので、シンは絵柄を軽く眺めてからアイテムボックスにしまった。

「他には何かあったか?」
「我の見た限りではめぼしいものはなかったな。ここからの作業は我よりもシンやユキのほうが確実だろう」
「そうだな。ティエラが来たら俺たちで調べよう」

 念のためリリシラに、ブルクの部屋に近づく者がいないように手を回してもらう。やろうと思えば隔離かくりすることも可能だが、余計な詮索を受けそうなので任せることにした。
 パルミラックの機能が使えるのは、ギルド六天ろくてんのメンバーかその配下のみ。
 配下のサポートキャラは顔や名前が知れ渡っているので、下手へたに使用権を持っていることを教えるとシンの身元がばれる可能性があった。


「えっと、やっぱりもう終わっちゃった?」

 シンがシュバイドたちと話していると、騎士につれられたティエラが姿を見せた。その影にはカゲロウが潜み、腕にはユズハが抱えられている。

「ああ、どうにか救出は成功だ。ただ、儀式をする場所がわからなくてな。そっちは何かあったか?」
「直接何かあったわけじゃないけど。気になることはあるわ」
「気になること?」
「教会から飛び立つ影を見たのよ。確認なんだけど、シンたちが戦った相手に、羽を持ってる人っていた?」

 ティエラの言葉にシンは首をかしげる。羽を持っているとすれば、種族はビースト、ドラグニル、ロード、ピクシーのいずれかだ。
 しかし、シンの知る限りそんな人物は見ていなかった。

「いや、俺は見てない。シュバイドはどうだ?」
「我も見ていないな。そもそも、戦った相手はすべて捕縛ほばくしている。見逃したとは思えんが」

 別行動を取っていたシュバイドに確認しても、答えは同じ。

「えっと、私が見たのは人型で羽が4枚。2枚が鳥みたいな羽で、もう2枚は虫のはねみたいだったわ。夜で距離があったから人相にんそうまではわからないけど、ユズハちゃんに、相手がどこに向かったのかわかるように目印をつけてもらってるから。ユズハちゃん、どう?」
「くぅ!」

 ティエラの問いに元気良く鳴いて返すユズハ。シンには心話で『わかるよ』と伝わっている。
 思わぬところで手掛かりが見つかった。

「でかした! 手掛かりは多いに越したことはない」
「助けになれたのなら、少しは気が晴れるわ。今回、私ほとんど役に立ってないし」

 若干肩を落としながら言うティエラ。
 最初にターゲットとして狙われて以降、ミリー救出の手助けができていないことを、気にしていたのだ。
 シンやシュニーが担当したような隠密おんみつ行動、シュバイドが担当したような防衛行動――技量はともかく、ステータスという面でティエラはどちらをするにも物足りなかった。
 防衛ならカゲロウがいるが、ティエラはまだ調教師テイマーとしての経験が浅く、完全に能力を使いこなせていない。シュバイドのように手早く済ませられなかったのは間違いなかった。

「ティエラに見張りを任せたのは正解だったな」

 元々エルフは狩人や忍などの斥候職せっこうしょくに適性がある。また、調教師テイマーは使役するモンスターによって生産、戦闘、斥候といった複数の役割にまたがる職だ。
 ティエラの使役獣であるカゲロウは、レベルの高さもさることながら、探知、隠密といった能力に優れている。
 調教師テイマーは使役獣に影響を受けるので、ティエラは現在探知能力が限定的に強化されているのだ。
 万が一を想定していたことが功をそうしたと言える。
 もちろん、カゲロウやユズハの探知能力も高いので、そちらも期待していい。

「使者も来るという話ですが、そちらはどうしますか?」
「まずは使者の対応を優先しよう。ユズハがマークしてくれてる相手は、追おうと思えばいつでも追える。教会から飛び立った影っていうのが、儀式場に向かったかはわからない。ブルクへの使者なら確実なはずだ」

 シュニーの問いに、シンはブルクから得た情報を基に答えた。
「迎えに来る」と言うからには、使者は間違いなく儀式場へ向かうはずだ。拘束こうそくできれば、儀式場がどこにあるかがわかる。
 他にもいろいろと情報を得られるだろう。

『使者が来るのは2日後だ。フィルマが捕らえられてる可能性がある以上、加減はしない。精神系スキルを使う』
『承知しました。リリシラさんたちはどうしますか?』
幻影げんえいスキルでブルクになりすますと言えば、同行はしないだろう』

 シンはシュニーとシュバイドに、心話で今後の行動予定を伝える。
 フィルマが持っているはずの大剣『イクスヴェイン』がこの場にある。
 それを踏まえれば、フィルマは捕らえられているというより操られている可能性のほうが高い。今もどこかで、いいように使われているかもしれないのだ。
 今回は、ブルクや一部の欲に駆られた者たちの暴走だったからこそ、シンは他の教会の人間を排除しなかった。しかし、『頂の派閥』は別だ。
 罪なき人を傷つけ、命を道具のように扱う者たちに容赦ようしゃなどしない。

(世界が変わっても、この手の人間がやることは一緒か)

 シンの頭をよぎるのは、PKと呼ばれたプレイヤーとの戦いだ。
 何のえきもなく、ただただ無駄に、命を物のように消費したとしか思えない殲滅戦せんめつせんがあった。悲しみと憎しみと、狂気に満ちた戦場があった。
 それに似た何かを、シンは感じていた。

『相手が状態異常無効化アイテムを装備していた場合はどうする?』
『問題ない。今の俺なら、「神代かみよのイヤリング」の防御も抜ける』

 シュバイドの疑問に、シンは確信を持って答える。
 使用者のINTの高さが成否を分ける精神系スキル。
 限界を突破したシンの放つ精神系スキルは、今や状態異常無効系のアイテムを装備していたとしても、その防御を突き抜けるほどになっていた。
 耐えられるとすれば、シンやシュニーが有しているような最高ランクのアイテムを複数身につけた場合くらいだ。


「あの、シン……」
「ん? どうした?」

 心話で意思疎通いしそつうしていたところに消え入りそうな声が耳に届いて、シンは視線をシュニーに向けた。
 視線の先では、シュニーが右手でシンの服のそでをそっとつまんで心配そうな顔をしていた。

「大丈夫なのですか?」
「えっと……?」
「今のシンは、少し、怖い顔をしていました」
「あ……顔に出てた?」
「はい」

 自らの顔に手を当ててみると、確かに少し強張こわばっているように感じられた。
 シンの経験上、意識していないとPKのことを考えただけで表情に出てしまう。
 シュニーが心配するようなことを考えていたわけではないが、悲しげな顔をさせてしまったとシンはくやんだ。シュニーがもっとも心配していることを、シンは知っていたはずなのだ。

「ユキが心配するようなことは考えてない。大丈夫だ」
「それなら、いいのですが」

 シュニーを安心させるために、シンは努めて明るく返す。無理をしていないシンの笑顔に、シュニーは安堵して袖を放した。
 そして、そんな様子をじっと見つめるシュバイドとティエラ。

「あの、いきなり2人だけの世界を作られると、ちょっと話に入りにくいんだけど」
「うむ、ユキも心配なのはわかるが、できればそういうことは2人きりのときにしてもらいたいところだ」

 あきれ気味のティエラと、いさめているのか推奨すいしょうしているのかわからないシュバイド。
 周囲の言葉で元の世界に戻ってきたシンとシュニーだったが、思わぬ伏兵ふくへいが爆弾を投下する。

『くぅ! もものにおい、ちゅーする? ちゅーする?』

 桃色の空気とはよく言ったもので、ユズハが突如そんなことを言い出した。言葉ではなく念話なのが唯一の救いだ。

「ああいやすまん。そしてユズハ、チューはしません!!」
「…………」

 だが、シンはつい口頭こうとうで否定してしまう。
 それを聞いた瞬間、ユズハが何を言ったのか察したようで、シュニーの顔が赤く染まった。

『シン、いったいどうしたのだ?』
『ユズハが念話で、ちゅーする? とか聞いてきたんだよ! あ~しまった。つい口に出しちまった……』

 心話でシュバイドに事情を説明するシン。何とかわかってくれたシュバイドだったが、その後ろには心話の使えないリリシラたちがいる。
 いきなりちゅーなどと言ってしまったシンには、彼女らの視線が痛かった。

「あの、シン様? 今、ちゅーがどうとか――」
「はっはっは、まさか。を聞き間違えたんじゃないですか?」
「ですが今――」
「気のせいですよ。気のせい」

 シンは必死で誤魔化ごまかしにかかった。
 ちゅーと治癒、無理やりではあるが、聞き間違えたと言い切れなくもない。脈絡みゃくらくがなさ過ぎたが。
 シュバイドは小声で、ユズハにアドバイスをする。

「ユズハよ。そういうことは周りに人がいないときに言わねばな。加えてタイミングも重要だ」
「くぅ?」

 理解できていないのか、ユズハは首をかしげていた。

「おいこらシュバイド。何アドバイスしてんだ」
「いやなに、こういうものは進められるうちに進めておくべきかと思ってな」
「……さっきまでのシリアスな雰囲気ふんいきがぶっ飛んだぞ」

 真面目な話をしていたはずなのに、ユズハの一言で思い切り脱線していた。

「なんていうか。シンの仲間ってみんなくせがあるわよね」

 シンたちを見ながら、苦笑気味にティエラが言う。
 シュニーと生活を共にしていた分、ティエラは一般人よりかは六天の配下のことを理解していた。まだ会っていないメンバーも、一筋縄ひとすじなわではいかないのだろうと思っている。

「そうは言うがねティエラ君。君もその中に入っているのだよ?」
「え?」

 どこか他人事のように言うティエラに、シンが指摘してきした。
 その指摘にティエラはまさかという表情を浮かべる。
 ティエラを単独行動させる際に、リリシラたちにはカゲロウのことを、上級選定者クラスの能力を持ったモンスターと説明している。そのカゲロウを従えているティエラが、一般人の枠に入るはずもない。
 リリシラたちからすれば、ティエラもシンの同類なのだ。

「そ、そんな……」
「なんでそんなにショック受けてるんだ」
「シンたちと同レベルなんて、期待されても困るわよ。普通の人からしたら、私もすごく見えるというのはわかるけど、シンたちは次元じげんが違うじゃない」

 レベル1から見ればレベル150も255も同じく上位者だ。
 だが、転生なしで150を超えた程度のティエラから見れば、転生ボーナスありの255レベルの強さは桁違けたちがいである。
 ましてやティエラはカゲロウがいてこそ上位者たりえるのだ。生身でカゲロウをくだせるシンたちと同列に見られても、素直にうなずけない。
 シンからすれば、戦いもせずにグルファジオという神獣しんじゅうを従えたティエラも十分すごいのだが。

「そんなに簡単に追いつかれたら、俺たちのがないんだけどな。でも、ティエラはまだいろいろと発展途上だから、この先もっと強くなれるぞ」
「そりゃ、私も少しくらいは強くなってると思うけど、そもそもシンたちに強さで追いつこうなんて考えられないわよ。ここまでシンや師匠ししょうを見てて思ったけど、同じくらい強くなるなんて冗談でも言えないわ」

 まだまだこれからと言うシンに、ため息混じりにティエラは返した。

「まあその話は後でもいいだろう。とりあえず迎えの使者が来るまで、やれることをやろう。俺とユキでブルクの部屋を調べる。シュバイドはリリシラさんたちの手伝いを、ティエラはミリーを見てやってくれ」

 一旦話を区切って、シンはシュバイドたちに指示を出す。
 これからリリシラはブルクと癒着ゆちゃくしていた人物を捕縛するので、シュバイドにはその護衛を頼んだ。ティエラにミリーのことを頼んだのは、いつまでも聖女と呼ばれ崇められているハーミィに、ミリーの相手をさせ続けるのはまずい気がしたからだ。
 シンの提案に2人がうなずく。

「承知した」
「わかったわ」

 リリシラも話は聞いていたので、了承したとうなずいて返した。
 シュバイドがいれば、たとえ相手側に上級選定者がいても問題がない。その心強さは、先の件もあってよく理解していた。

「ミリーは後でビジーに送らせる。ヴィルヘルムにもそう伝えておいてくれるか?」

 リリシラたちに聞こえないように、シンは小声でティエラに伝える。
 ベイルリヒトで待っているラシアを安心させるためにも、なるべく早くミリーを帰したかったが、シンたちがジグルスまでエルダードラゴンに乗って来たことは、なるべく知られたくない。
 六天メンバー、カシミアのサポートキャラであるビジーがエルダードラゴンを従えていて、それをシンが自由に使えると周知されては、これまた厄介な事態になりかねないのだ。
 なのでついでと言っては何だが、ティエラにこっそり伝言をしてもらうことにした。

「わかったわ。心配はしてないけど、シンも気をつけてね」
「じゃあ、俺たちは調査に向かいます。何か見つかったら報告しますので」
「よろしくお願いします。私たちは教会のうみを出し切ってみせます」

 ブルクに対抗するため相当調査していたようで、リリシラたちの目は静かに燃えていた。
 今まで手が出せなかった相手に鉄槌を下せるのだ。燃えないはずもない。
 笑顔のリリシラが少しだけ怖いと思ったシンだった。


         †


「さて、ここか」

 リリシラたちと別れたシンとシュニーは、ブルクの使っていた部屋にやって来た。シュバイドが瘴気を散らした後なので、一見いたって普通の部屋だ。
 しかし、探知系の能力をきたえているシンとシュニーが見れば、部屋の至る所に瘴気を発生させるアイテム、瘴石しょうせきが設置してあるのがわかる。

「なるほど、これだけ瘴石が設置されてりゃ、ブルクがあんなだったのも納得だ」
「何かあったのですか?」
「ブルクの体なんだが、かなりヤバい状態だったんだ。瘴気による侵食、その末期まっきだな」

 尋問の際にシンが見たブルクの体は、すでに半分以上が黒く変色していたのだ。ゲーム時なら完全に手遅れである。

「あそこまでいくと、痛覚もかなり鈍っていただろうな。本人にはほとんど自覚がなかったみたいだけど」

 あの時、ブルクは自分の体に対してまったくといっていいほど意識を向けていなかった。黒く染まった体を見ても、ほとんど反応を示さなかったのだ。
 どうやら瘴気には、異常を異常と感じさせなくする効果もあるらしい。
 でなければ、扉を開閉しただけで部屋から漏れる非常に濃い瘴気に、誰も気づかないはずがなかった。

「とりあえず、この部屋にあるのはこれで全部か」
「隣の部屋と隠し部屋を合わせると、かなり多くなりそうですね」

 部屋の中心に積まれた瘴石を見て、シュニーが言う。
 握り拳の半分ほどの大きさがある瘴石が、全部で11個。ひとつの部屋に仕掛けるには、かなり多い数だ。
 シンの見立てでは、ここにある瘴石ひとつでも、部屋の中を瘴気で充満させることは可能なはずだった。

「これだけあると、パルミラック内の機能が生きていても浄化するのは難しいと思います」
「それが狙いだったのかもな」
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