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13巻
13-2
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「まずは助けてくれたお礼を言わせてください。僕はレクス・アーヴァイン。このパーティのリーダーをしています。そっちのドラグニルの女の子がミュウ・ハミルで、ちょっと失礼をしてしまった男の子がギアン・エルメルトです」
「よろしくです!」
「……ふん」
ミュウは元気よく挨拶をし、ギアンは若干不貞腐れている。
「俺はシン。こっちはユキだ。他にも仲間がいるんだが、ダンジョンでボスを倒したときに離れ離れにされてしまったんだ。少し前に飛ばされてきたばかりで、正直に言って、ここがどこなのかもわかってない」
シュニーと名乗るといろいろ面倒事になりそうだったので、ここは偽名でいく。心話で伝えて、前もって金髪赤眼に変装してもらっていた。
安心させるためか微笑を浮かべたシュニーに見惚れて、レクスたちは言葉を失っていた。
苦笑しながらシンが声をかけると、はっとして正気に戻る。顔を赤くして謝ってくるレクスを宥め、シンは自分たちがこの場にいる経緯を詳しく話した。
「転移、ですか。ダンジョンのボスを倒すと発動するトラップ。そんなものがあるんですね」
「ボスを倒せるほど強いのか! シンさんはすごいんだな!」
「…………」
話を聞いた3人のうち、レクスとミュウは感心した様子だった。知的好奇心と強者に対する憧れという違いはあったが、どちらもシンの話を疑ってはいないようだ。
ギアンが何か言ってくるかと思ったが、黙ったままでとくに何か言うことはなかった。
「とりあえず外に出たいんだけど、案内を頼めないか? 俺たちだけで出たらトラブルになりかねない。それに、そっちもその装備で先に進む気はないだろう?」
レクスとミュウはともかく、ギアンの装備は修繕どころか買い換える必要があるくらい損傷を受けている。さすがにこのまま進むことはないだろうと、シンは3人に提案した。
帰りに今さっき倒したようなモンスターが出たときは、シンたちが相手をすることも伝えておく。
「そうですね。万全とは言いがたいですし、ダンジョン間を強制的に移動させられるトラップがあることを報告する必要があります。一緒に行きましょう。ただ、シンさんたちは警備兵に引き渡すことになります。これは規則なので、応じてもらうほかありません。もちろん、僕たちを助けてくれたことや事情は伝えます。警備兵は理性的な方ですから、悪いようにはされないはずです」
トレーニング・ダンジョンとはいえモンスターがいることには変わりないので、入り口に腕の立つ警備兵を常駐させているらしい。
事情が事情なので、少なくとも不法侵入で一方的に罰せられることはないだろうとレクスは言った。
「仕方ない。なるべく穏便に済むといいけど」
【隠蔽】で外に出てもよかったが、レクスたちと会ってしまったので今さらだ。学院に話を通しておかないと、シンたちの今後の行動にも支障が出る。
「では、行きましょう。ギアンは歩けるかい?」
「……大丈夫だ。回復してもらった」
鎧越しとはいえかなり強打を浴びたようで多少ふらついていたが、ギアンは自分の足でしっかりと立っていた。シュニーの回復スキルにかかれば、手足が千切れていても全快可能なのだ。
「ボコボコにされてたのに、ギアンは丈夫だな」
「敵の注意を引いてたんだよ! それに、あのモンスターどもは手加減をしてやがった。そっちのユキ、さんの【ヒール】も、俺が知ってるレベルとは大違いだったしな」
悔しそうな表情を隠さないまま、ギアンはミュウに返答した。
レッド・キャップは自分より弱い相手をいたぶるという特徴がある。一番HPの高い相手を狙い、一撃で倒せる場合でもわざと手加減するのだ。
その戦い方を逆手にとって罠にはめるという手もあるのだが、レクスたちには思い浮かばないらしい。
「シンさんとユキさんは、高ランクの冒険者なのか?」
ミュウの問いに対し、シンは冒険者カードを見せる。
「一応Aランクだ。まあ、Aランクになってから冒険者ギルドで依頼を受けたことないんだけどな」
「Aランクかぁ。だからあんなに強いんだな!」
あっはっはと笑いながら言うシンに、なるほどとミュウが返す。すると、レクスが思わずといった風に突っ込みを入れた。
「いやいやいや、その納得の仕方はおかしいよ、ミュウ」
「何がおかしいんだ? 冒険者は強いやつほどランクが高いって聞いたぞ?」
「それはBランクまでさ。A以上になると、ギルドや国への貢献度とか人柄とか、そういう戦闘力以外の部分も評価されるんだ。強いけど乱暴者じゃ、Aランクにはなれないんだよ」
「つまり、シンさんは強くていい人ってことだな!」
「……まあ、間違いではないかな」
あまり深く物事を考えないのか、ミュウは納得したとばかりにうなずいた。同時に、シンを見る目がさらに輝き出す。いつものことなのだろう。レクスは苦笑しつつ肯定した。
こうなるとシンも、バルメルを襲ったモンスターの群れに突っ込んで暴れただけです、とは言いがたい雰囲気だった。
「では、一気に1階まで行きます。そこの魔術陣の上に乗ってください」
ゲーム時代のトレーニング・ダンジョンには、1階から到達階層まで移動可能な直通の転移装置が設置されていた。レクスの言う魔術陣はその装置なのだろう。
「僕が先に行って事情を話しておきますね」
転移で1階に戻ると、光の差し込む出口に向かって、レクスが小走りで先行した。
残ったミュウはシンに熱心に話しかけてくる。憧れのスポーツ選手に会ったファンのようだ。
反対にギアンはほとんど無言だった。ただ、視線はシュニーを追うことが多い。
外に出ると、レクスと鎧を着た人物が3人、シンたちを待ち受けていた。鎧はデザインが統一され、魔術付与もされている。レベルも全員が200以上と、警備を任せられているだけあってかなり高めだ。
「事故によって飛ばされてきたというのはあなた方で?」
「はい。ボスの討伐と同時に発動するトラップだったらしく、仲間は別の場所に飛ばされてしまいました。近くにいたからか、俺たち2人は同じ場所に飛ばされたようです」
「お仲間とは連絡が取れたのですか?」
「ダンジョンで発見した、遠距離でもメッセージをやり取りできるアイテムを使用しました。全員の無事を確認しています。アイテムは使い捨てで、もうほとんど残っていませんが」
「なるほど。事情は把握しました。詳しい事情をお聞きしたいので、ついてきてください」
警備兵の1人がレクスたちに同行し、残り2人がシンとシュニーの前を歩く。
レクスたちは気づいていなかったが、同行している警備兵以外にも、複数の反応がシンたちの周囲を囲んでいた。かなり警戒されているようだ。
案内されたのは、警備兵の詰め所だった。建物自体が強化されており、中で暴れても簡単には壊れないようになっている。地下もあるようで、シンたちが「黒」と判断されたときはそこへ入れられるのだろう。
詰め所内の個室に案内され、詳しい事情を説明する。相手は最初に話しかけてきた警備兵で、名をベルマンといった。
「――協力を感謝する。ダンジョンからダンジョンへ転移させられるとは、君たちもずいぶん珍しい体験をしたな」
「土の中に埋まってる、なんてことがなくてよかったですよ」
「運も実力のうちなのだろう。ところで、最後にひとつ確認したい。君たちがいたというダンジョンは、どこなんだ? これからも君たちのように転移させられてくる人がいるとなれば、相応の対処をしなければならない」
「えっと、それについては心配はいらないと思います」
「なぜかね?」
はっきりと言いきったシンに、ベルマンが目を細めて問う。
「そのダンジョンなら、俺たちが転移させられた時に自壊しています。崩れるのを見ましたし、仲間がダンジョンがなくなっているのを確認しています」
これはフィルマたちと同時に、ツァオバトに連絡した際にわかったことだ。
モンスター相手でできるかわからなかったが、物は試しとカードを使ったら送れたのだ。
ツァオバトによると、外に逃げた邪神ごとダンジョンを吹き飛ばしたという。最後の自爆は、逃げるための手段だったとシンはそこで初めて知った。
シンが「崩れた」と言ったのは、ドラゴンがブレスで消し飛ばしました、と言っても信じてもらえるかわからなかったからだ。
「そうか。我が国への不法侵入に使われてはいかんと思ったが、消滅しているならば問題ないだろう」
「信じてもらえるんですか?」
「君たちが不法侵入者ならば、生徒を助ける必要はない。わざわざ注目を浴びるようなまねをする諜報員などいないだろう」
「まあ、そうですね」
ベルマンの言葉を真に受けるほどシンは純粋ではないが、実は疑っているだろうとわざわざ言う気もなかった。
事情聴取を終えると、ベルマンに別の部屋、ソファーやテーブルが置かれた応接室らしき部屋に案内された。学院から返事が来るまで、待機していてほしいという。
とくに異論はなかったので、シンたちはしばらく待つことにした。
『警戒されてるな』
『完全には信用していないようでしたね。ですが、強い疑いを持っているというわけでもないようです』
心話でコミュニケーションを取りながら、シンは何とはなしに四方を見回した。部屋の周囲には、ダンジョンを出た時よりも多くの反応がある。
シンたちの行動は、学院に忍び込んで悪事をなそうとしている者がとるものではない。話したことも嘘は言っていないので、判断に困っているのかもしれない。
待たされること1時間。応接室に、ベルマンと数名の警備兵とは違った服装の者たちが入ってきた。
「ん?」
入ってきたメンバーの先頭を歩く人物に、シンは見覚えがある気がした。他人の空似ということもあるので、念のため【分析】で確認する。
――――【ヒラミー レベル255 魔導士】
「やっぱりヒラミーか!」
「っ!? あ、あの、もしかして、本当にシンさん?」
つい声に出してしまったシンに反応したのは、先頭を歩いていたピクシーの女性だ。
「ああ、ひさしぶりだな。そうか、お前もこっちに来てたか」
デスゲーム時代に幾度か交流があり、最後は自分たちよりレベルの低い子供たちを守るために散った少女。それがシンの知るヒラミーというプレイヤーだ。
翡翠色の髪と目を持つピクシーで、ドラグニルのマサカドという名の少年とパーティを組んでいたとシンは記憶している。
シンの目の前にいるヒラミーは、記憶よりも成長してすっかり大人の女性になっていた。
「マサカドは一緒じゃないのか?」
「今は、少し外に出てるんです。でも、何でシンさんが――」
「お話し中申し訳ありません。お二人、いえ、お三方はお知り合いなのですか?」
シンとヒラミーの会話に、後ろにいた集団から1人の女性が出て割り込んでくる。
「ああ、ごめんなさいね。こほん、シンさん。私は今、ここエルクント魔術学院の学長をしています。こちらは副学長のリーシア」
リーシアに話しかけられ、周囲の目が自分に集まっていると気づいたヒラミーが姿勢を正して話す。シンの中では子供のまま止まっていたヒラミーだが、もうそれは過去の話なのだろう。
最初にヒラミーだとシンが確信できなかったのも、外見がシンの知るものより成長していたからだ。咳払いをしてからのヒラミーは、シンの知る気弱だった頃の面影など残っていない。
「あらためまして、シンです。こっちはパーティメンバーのユキです」
「ユキと申します」
軽く目礼したシュニーを見て、ヒラミーの後ろにいた男性教員らしき男たちがざわめいた。
「報告書は読ませていただきました。他国の工作員かとも思いましたが、取り越し苦労だったようで安心しました」
「学長!?」
「大丈夫です。シンさんたちはこのくらいで腹を立てたりしません」
疑っていたと真正面から口にしたヒラミーに、リーシアが慌てる。
だが、ヒラミーはそんな小言もどこ吹く風でくすくす笑っていた。なんだか昔に戻ったようで、視線を向けられたシンも小さく笑う。
「リーシア。悪いけど、彼らには学院に戻ってもらって。ここからは、あまり多くの人には聞かせられない話になるから」
「いったい、どうしたというのですか?」
「いろいろと、確かめなければならないことがあるのです。シンさん、事情を聞くのに、リーシアを同席させてもよろしいですか? これでも転生ボーナス持ちですし、口も堅く、信頼できる人物です」
なぜシンがここにいるのか。いったい何があったのか。聞きたいことは山ほどあるだろう。
その過程で、シンがハイヒューマンであるということも口にしなければならない。それを伝えてもいいと言えるだけの信頼が、リーシアにはあるようだ。
「よそでの口外は無用で頼むぞ?」
「もちろんです。いいわね? リーシア」
「は――はい」
真剣な目で見つめるヒラミーに、リーシアがごくりと息を呑んで答える。
「じゃあ、まずは俺から話そうと思うんだが、ひとつ確認させてくれ。リーシアさんはプレイヤーについてどこまで知ってるんだ?」
「デスゲーム、というものがあったと、学長から聞いています。学長は、そこで一度死んだ、とも」
リーシアは冒険者で言うところの選定者。だが、プレイヤーではない。
ヒラミーとはもう100年を超える付き合いで、プレイヤーのこと、デスゲームのこと、死者がこの世界に来ていることなど、大抵のことは知っているようだ。
「そこまで知ってるなら話は早い。俺もヒラミーと同じプレイヤーです。こっちのユキは、サポートキャラクターで伝わるかな」
「はい。プレイヤーによって創造された人間ですね。私たちの世界では1人の人として皆生きていますから、とくに思うことはありません」
「そうか、それはよかった。あ、ちなみにユキっていうのは偽名で、本名はシュニー・ライザーな」
「【分析】を誤認させるスキルを持っているのですね。それにしてもシュニー・ライザーとは。偉業を成した先達の名を子に与えることはありま……いえ、ちょっと待ってください。存命の偉人の名を子に与えるのは、エルフの間では禁止されています。なのに、その名を名乗るということは……」
真面目に話を聞いていたリーシアの表情が、話しているうちに段々と強張ってくる。
ヒラミーはとくに反応していない。シンの友人知人の間では、サポートキャラクターの筆頭として有名だからだ。ゲーム時代は、知り合いでなくとも知っている者もいた。
そんなヒラミーの隣で、リーシアの口から「……ほんもの?」というか細い言葉が漏れた。
「正体を隠すためとはいえ、先ほどは偽名で失礼しました。あらためまして、シュニー・ライザーと申します」
「…………」
シュニーが変装を解き、本当の姿をリーシアに見せる。それを見たリーシアは、言葉を失って口をパクパクと開け閉めしていた。
「リーシア。そんな気の抜けた姿のままでいいの?」
「あ、はい。失礼しました」
すっかり恐縮してしまったリーシアに気にしないようにと声をかけ、シュニーは話の続きを始める。ダンジョンに潜っていた目的、そこから飛ばされた経緯。諸々を説明し終わると、ヒラミーとリーシアも真剣に考え込んでいた。
「記憶を失わせる邪神。あの一族がまだ生き残ってたなんて。それに、ハーメルン」
「名前と種族しかわかっていない、大陸全土で指名手配されている大罪人ですね」
国を壊滅させたこともあるというハーメルンの名を聞いて、今までの浮ついた雰囲気は吹き飛んでいた。そこにいるのは、生徒の身の安全を考える責任者としての姿だ。
「デスゲームのときも、あいつを倒すのは苦労したからな。こっちの世界じゃ、たった1人を見つけるのは難しい。あいつ隠れるのがうまいからな」
しとめておきたいという気持ちはあったが、現状では難しい。対症療法的に動くしかなかった。
「考えても埒が明きませんから、この話はここでおしまいにしましょう。ところで、シンさんはこの後どうするのですか? 仲間と合流を?」
「いや、皆がここに集まることになってる。なんというか、気を利かせてくれてな」
ユズハと同じくフィルマたちも、シンとシュニーが2人きりで過ごす時間を与えてくれたのだ。
「ということは、しばらくここに滞在すると?」
「ああ、そのつもりだ。いつまでかはわからないけどな。まあ皆が集まるまで、1週間じゃ利かないと思うけど」
「でしたら、ぜひお願いしたいことがあります!」
シンたちが長期滞在すると聞いたヒラミーが、ずいっと身を乗り出した。
「学長。まさか、例の件を?」
「ええ、リーシア。シンさんなら万が一があっても大丈夫だから」
仮にシンが「すぐ移動する」と答えたなら、ヒラミーは「仲間と合流してから再度エルクントを訪ねてほしい」と頼むつもりだったらしい。
「あいにくと、面倒ごとはごめんなんだが?」
せっかくユズハまでもが気を利かせてくれたのに、トラブルに巻き込まれるのはごめんだった。
「そこをなんとか。半日もかからず終わります。話だけでも、聞いてもらえませんか?」
真剣な様子のヒラミーに、シンはため息をついて話を聞くことにした。生徒の安全にも関わると言われては、話も聞かずに断るのは難しい。
ヒラミーによると、エルクント魔術学院の保健医との話し合いに同席してほしい、ということだった。危険がないか、シンにも意見を聞きたいと言う。
「保健医が危険? 何があったらそんな言葉が出てくるんだ?」
学院では戦闘訓練もあり、怪我人は多いとミュウたちから聞いている。現実世界の保健室よりも、こちらの保健室は生徒に身近な場所なのだ。
そこを取り仕切る保健医が危険というのは、なんとも妙な話だった。
「実は、その保健医はモンスターなんです」
「モンスター? お助けキャラ的なやつなら確かにいたけど」
基本的にモンスターは倒すべき敵だ。だが、なかには人と敵対しておらず、クエストのヒントをくれたり、一時的にパーティの一員として戦ってくれるモンスターもいた。
試練と称してプレイヤーと戦い、力を示せればアイテムや装備をくれたエレメントテイルはその最たるものだ。
「いえ、ゲーム時代は、完全に敵として出ていました。本来なら敵対する相手と協力をするという内容のイベントもありましたけど、その中にも含まれていません」
「そのモンスターの名前は?」
「七つの罪源の悪魔の1人、色欲です。今はルクスリアと名乗っています」
「悪魔が保健医……ああ、そうか。あいつらは最終的に人型になるんだったな」
強欲、色欲、怠惰、嫉妬、憤怒、暴食、傲慢。
それぞれの名を冠する悪魔たちは、初期状態ではただのモンスターと変わらない。レベルが上がるに連れて悪魔に相応しい姿へと成長し、なぜか最終的に人型に落ち着くのだ。
ゲーム時はそこまで悪魔が成長することは滅多になく、シンも悪魔の人型は動画でしか見たことがない。
「3年ほど前に何の前触れもなくふらっと現れ、今ではすっかり教員の一人として馴染んでいます。薬草や錬金術の知識が豊富で、正直に言うととても有能なんですけど……」
気まぐれでも起こして暴れられたら、学院が崩壊するとヒラミーは続けた。
人型にいたる頃には、悪魔のレベルは700を超える。元プレイヤーのヒラミーといえども、太刀打ちできる数値ではない。
「なるほどな。確かに、レベル700超えのモンスターが学院内を自由に歩き回ってます、とは言えないよな」
モンスターだからと実力行使で追い出すことは不可能。
そもそも、採用試験はモンスターであるという一点以外は問題なくクリアしているのだ。日常の業務もそつなくこなし、生徒からの信頼もある。
正面から話し合いたいところだったが、何がトリガーになって暴れるか予想もつかないので、今日までどうしても踏み出せなかったようだ。
「要は、用心棒みたいなものか。暴れ出したら、鎮圧すればいいんだな?」
「はい。話し合いの日は、生徒を全員学院の外へ出します。学院はもともとギルドの建物なので、結界をフル稼働して内部に閉じ込めれば、戦いになっても外に被害は出ないはずです」
準備自体はすでに出来ているらしい。ちょうど学院が長期休みに入り、生徒が少ない今がチャンスなのだそうだ。
「……わかった。こっちの罪源がどういうやつらなのか、知っておいて損はないだろ。シュニーはどう思う?」
「私も賛成です。悪魔が何を考えているのかはわかりませんが、生徒の身を案じる気持ちは共感できますので」
「あ、ありがとうございます!」
心底ほっとした様子で、ヒラミーが礼を言った。隣のリーシアも、小さく息を吐いている。
「では、さっそく明日、話し合いの席を設けたいと思います。シンさんたちはこれからどうしますか?」
「適当に宿を取って休んでるよ。いつごろ訪ねればいい?」
ダンジョン内にいた経緯を話した際に、不法侵入についてはお咎めなしとヒラミーが宣言したので、このあとは人目に付かないように学院の外に出て宿を取るつもりだった。
「こちらから迎えを出します。宿は私が紹介状を書きますから、そこへ。サービスもしっかりした宿ですよ」
「わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「いえいえ、話し合いの結果によっては、むしろ私たちのほうがお世話になるので」
罪源の悪魔と戦う可能性を考えれば、宿の手配など些事だと少し疲れた様子でヒラミーは言う。
迎えは朝9時。
シンたちも念のため、対悪魔武器を用意しておくと告げてその場は解散となった。
「よろしくです!」
「……ふん」
ミュウは元気よく挨拶をし、ギアンは若干不貞腐れている。
「俺はシン。こっちはユキだ。他にも仲間がいるんだが、ダンジョンでボスを倒したときに離れ離れにされてしまったんだ。少し前に飛ばされてきたばかりで、正直に言って、ここがどこなのかもわかってない」
シュニーと名乗るといろいろ面倒事になりそうだったので、ここは偽名でいく。心話で伝えて、前もって金髪赤眼に変装してもらっていた。
安心させるためか微笑を浮かべたシュニーに見惚れて、レクスたちは言葉を失っていた。
苦笑しながらシンが声をかけると、はっとして正気に戻る。顔を赤くして謝ってくるレクスを宥め、シンは自分たちがこの場にいる経緯を詳しく話した。
「転移、ですか。ダンジョンのボスを倒すと発動するトラップ。そんなものがあるんですね」
「ボスを倒せるほど強いのか! シンさんはすごいんだな!」
「…………」
話を聞いた3人のうち、レクスとミュウは感心した様子だった。知的好奇心と強者に対する憧れという違いはあったが、どちらもシンの話を疑ってはいないようだ。
ギアンが何か言ってくるかと思ったが、黙ったままでとくに何か言うことはなかった。
「とりあえず外に出たいんだけど、案内を頼めないか? 俺たちだけで出たらトラブルになりかねない。それに、そっちもその装備で先に進む気はないだろう?」
レクスとミュウはともかく、ギアンの装備は修繕どころか買い換える必要があるくらい損傷を受けている。さすがにこのまま進むことはないだろうと、シンは3人に提案した。
帰りに今さっき倒したようなモンスターが出たときは、シンたちが相手をすることも伝えておく。
「そうですね。万全とは言いがたいですし、ダンジョン間を強制的に移動させられるトラップがあることを報告する必要があります。一緒に行きましょう。ただ、シンさんたちは警備兵に引き渡すことになります。これは規則なので、応じてもらうほかありません。もちろん、僕たちを助けてくれたことや事情は伝えます。警備兵は理性的な方ですから、悪いようにはされないはずです」
トレーニング・ダンジョンとはいえモンスターがいることには変わりないので、入り口に腕の立つ警備兵を常駐させているらしい。
事情が事情なので、少なくとも不法侵入で一方的に罰せられることはないだろうとレクスは言った。
「仕方ない。なるべく穏便に済むといいけど」
【隠蔽】で外に出てもよかったが、レクスたちと会ってしまったので今さらだ。学院に話を通しておかないと、シンたちの今後の行動にも支障が出る。
「では、行きましょう。ギアンは歩けるかい?」
「……大丈夫だ。回復してもらった」
鎧越しとはいえかなり強打を浴びたようで多少ふらついていたが、ギアンは自分の足でしっかりと立っていた。シュニーの回復スキルにかかれば、手足が千切れていても全快可能なのだ。
「ボコボコにされてたのに、ギアンは丈夫だな」
「敵の注意を引いてたんだよ! それに、あのモンスターどもは手加減をしてやがった。そっちのユキ、さんの【ヒール】も、俺が知ってるレベルとは大違いだったしな」
悔しそうな表情を隠さないまま、ギアンはミュウに返答した。
レッド・キャップは自分より弱い相手をいたぶるという特徴がある。一番HPの高い相手を狙い、一撃で倒せる場合でもわざと手加減するのだ。
その戦い方を逆手にとって罠にはめるという手もあるのだが、レクスたちには思い浮かばないらしい。
「シンさんとユキさんは、高ランクの冒険者なのか?」
ミュウの問いに対し、シンは冒険者カードを見せる。
「一応Aランクだ。まあ、Aランクになってから冒険者ギルドで依頼を受けたことないんだけどな」
「Aランクかぁ。だからあんなに強いんだな!」
あっはっはと笑いながら言うシンに、なるほどとミュウが返す。すると、レクスが思わずといった風に突っ込みを入れた。
「いやいやいや、その納得の仕方はおかしいよ、ミュウ」
「何がおかしいんだ? 冒険者は強いやつほどランクが高いって聞いたぞ?」
「それはBランクまでさ。A以上になると、ギルドや国への貢献度とか人柄とか、そういう戦闘力以外の部分も評価されるんだ。強いけど乱暴者じゃ、Aランクにはなれないんだよ」
「つまり、シンさんは強くていい人ってことだな!」
「……まあ、間違いではないかな」
あまり深く物事を考えないのか、ミュウは納得したとばかりにうなずいた。同時に、シンを見る目がさらに輝き出す。いつものことなのだろう。レクスは苦笑しつつ肯定した。
こうなるとシンも、バルメルを襲ったモンスターの群れに突っ込んで暴れただけです、とは言いがたい雰囲気だった。
「では、一気に1階まで行きます。そこの魔術陣の上に乗ってください」
ゲーム時代のトレーニング・ダンジョンには、1階から到達階層まで移動可能な直通の転移装置が設置されていた。レクスの言う魔術陣はその装置なのだろう。
「僕が先に行って事情を話しておきますね」
転移で1階に戻ると、光の差し込む出口に向かって、レクスが小走りで先行した。
残ったミュウはシンに熱心に話しかけてくる。憧れのスポーツ選手に会ったファンのようだ。
反対にギアンはほとんど無言だった。ただ、視線はシュニーを追うことが多い。
外に出ると、レクスと鎧を着た人物が3人、シンたちを待ち受けていた。鎧はデザインが統一され、魔術付与もされている。レベルも全員が200以上と、警備を任せられているだけあってかなり高めだ。
「事故によって飛ばされてきたというのはあなた方で?」
「はい。ボスの討伐と同時に発動するトラップだったらしく、仲間は別の場所に飛ばされてしまいました。近くにいたからか、俺たち2人は同じ場所に飛ばされたようです」
「お仲間とは連絡が取れたのですか?」
「ダンジョンで発見した、遠距離でもメッセージをやり取りできるアイテムを使用しました。全員の無事を確認しています。アイテムは使い捨てで、もうほとんど残っていませんが」
「なるほど。事情は把握しました。詳しい事情をお聞きしたいので、ついてきてください」
警備兵の1人がレクスたちに同行し、残り2人がシンとシュニーの前を歩く。
レクスたちは気づいていなかったが、同行している警備兵以外にも、複数の反応がシンたちの周囲を囲んでいた。かなり警戒されているようだ。
案内されたのは、警備兵の詰め所だった。建物自体が強化されており、中で暴れても簡単には壊れないようになっている。地下もあるようで、シンたちが「黒」と判断されたときはそこへ入れられるのだろう。
詰め所内の個室に案内され、詳しい事情を説明する。相手は最初に話しかけてきた警備兵で、名をベルマンといった。
「――協力を感謝する。ダンジョンからダンジョンへ転移させられるとは、君たちもずいぶん珍しい体験をしたな」
「土の中に埋まってる、なんてことがなくてよかったですよ」
「運も実力のうちなのだろう。ところで、最後にひとつ確認したい。君たちがいたというダンジョンは、どこなんだ? これからも君たちのように転移させられてくる人がいるとなれば、相応の対処をしなければならない」
「えっと、それについては心配はいらないと思います」
「なぜかね?」
はっきりと言いきったシンに、ベルマンが目を細めて問う。
「そのダンジョンなら、俺たちが転移させられた時に自壊しています。崩れるのを見ましたし、仲間がダンジョンがなくなっているのを確認しています」
これはフィルマたちと同時に、ツァオバトに連絡した際にわかったことだ。
モンスター相手でできるかわからなかったが、物は試しとカードを使ったら送れたのだ。
ツァオバトによると、外に逃げた邪神ごとダンジョンを吹き飛ばしたという。最後の自爆は、逃げるための手段だったとシンはそこで初めて知った。
シンが「崩れた」と言ったのは、ドラゴンがブレスで消し飛ばしました、と言っても信じてもらえるかわからなかったからだ。
「そうか。我が国への不法侵入に使われてはいかんと思ったが、消滅しているならば問題ないだろう」
「信じてもらえるんですか?」
「君たちが不法侵入者ならば、生徒を助ける必要はない。わざわざ注目を浴びるようなまねをする諜報員などいないだろう」
「まあ、そうですね」
ベルマンの言葉を真に受けるほどシンは純粋ではないが、実は疑っているだろうとわざわざ言う気もなかった。
事情聴取を終えると、ベルマンに別の部屋、ソファーやテーブルが置かれた応接室らしき部屋に案内された。学院から返事が来るまで、待機していてほしいという。
とくに異論はなかったので、シンたちはしばらく待つことにした。
『警戒されてるな』
『完全には信用していないようでしたね。ですが、強い疑いを持っているというわけでもないようです』
心話でコミュニケーションを取りながら、シンは何とはなしに四方を見回した。部屋の周囲には、ダンジョンを出た時よりも多くの反応がある。
シンたちの行動は、学院に忍び込んで悪事をなそうとしている者がとるものではない。話したことも嘘は言っていないので、判断に困っているのかもしれない。
待たされること1時間。応接室に、ベルマンと数名の警備兵とは違った服装の者たちが入ってきた。
「ん?」
入ってきたメンバーの先頭を歩く人物に、シンは見覚えがある気がした。他人の空似ということもあるので、念のため【分析】で確認する。
――――【ヒラミー レベル255 魔導士】
「やっぱりヒラミーか!」
「っ!? あ、あの、もしかして、本当にシンさん?」
つい声に出してしまったシンに反応したのは、先頭を歩いていたピクシーの女性だ。
「ああ、ひさしぶりだな。そうか、お前もこっちに来てたか」
デスゲーム時代に幾度か交流があり、最後は自分たちよりレベルの低い子供たちを守るために散った少女。それがシンの知るヒラミーというプレイヤーだ。
翡翠色の髪と目を持つピクシーで、ドラグニルのマサカドという名の少年とパーティを組んでいたとシンは記憶している。
シンの目の前にいるヒラミーは、記憶よりも成長してすっかり大人の女性になっていた。
「マサカドは一緒じゃないのか?」
「今は、少し外に出てるんです。でも、何でシンさんが――」
「お話し中申し訳ありません。お二人、いえ、お三方はお知り合いなのですか?」
シンとヒラミーの会話に、後ろにいた集団から1人の女性が出て割り込んでくる。
「ああ、ごめんなさいね。こほん、シンさん。私は今、ここエルクント魔術学院の学長をしています。こちらは副学長のリーシア」
リーシアに話しかけられ、周囲の目が自分に集まっていると気づいたヒラミーが姿勢を正して話す。シンの中では子供のまま止まっていたヒラミーだが、もうそれは過去の話なのだろう。
最初にヒラミーだとシンが確信できなかったのも、外見がシンの知るものより成長していたからだ。咳払いをしてからのヒラミーは、シンの知る気弱だった頃の面影など残っていない。
「あらためまして、シンです。こっちはパーティメンバーのユキです」
「ユキと申します」
軽く目礼したシュニーを見て、ヒラミーの後ろにいた男性教員らしき男たちがざわめいた。
「報告書は読ませていただきました。他国の工作員かとも思いましたが、取り越し苦労だったようで安心しました」
「学長!?」
「大丈夫です。シンさんたちはこのくらいで腹を立てたりしません」
疑っていたと真正面から口にしたヒラミーに、リーシアが慌てる。
だが、ヒラミーはそんな小言もどこ吹く風でくすくす笑っていた。なんだか昔に戻ったようで、視線を向けられたシンも小さく笑う。
「リーシア。悪いけど、彼らには学院に戻ってもらって。ここからは、あまり多くの人には聞かせられない話になるから」
「いったい、どうしたというのですか?」
「いろいろと、確かめなければならないことがあるのです。シンさん、事情を聞くのに、リーシアを同席させてもよろしいですか? これでも転生ボーナス持ちですし、口も堅く、信頼できる人物です」
なぜシンがここにいるのか。いったい何があったのか。聞きたいことは山ほどあるだろう。
その過程で、シンがハイヒューマンであるということも口にしなければならない。それを伝えてもいいと言えるだけの信頼が、リーシアにはあるようだ。
「よそでの口外は無用で頼むぞ?」
「もちろんです。いいわね? リーシア」
「は――はい」
真剣な目で見つめるヒラミーに、リーシアがごくりと息を呑んで答える。
「じゃあ、まずは俺から話そうと思うんだが、ひとつ確認させてくれ。リーシアさんはプレイヤーについてどこまで知ってるんだ?」
「デスゲーム、というものがあったと、学長から聞いています。学長は、そこで一度死んだ、とも」
リーシアは冒険者で言うところの選定者。だが、プレイヤーではない。
ヒラミーとはもう100年を超える付き合いで、プレイヤーのこと、デスゲームのこと、死者がこの世界に来ていることなど、大抵のことは知っているようだ。
「そこまで知ってるなら話は早い。俺もヒラミーと同じプレイヤーです。こっちのユキは、サポートキャラクターで伝わるかな」
「はい。プレイヤーによって創造された人間ですね。私たちの世界では1人の人として皆生きていますから、とくに思うことはありません」
「そうか、それはよかった。あ、ちなみにユキっていうのは偽名で、本名はシュニー・ライザーな」
「【分析】を誤認させるスキルを持っているのですね。それにしてもシュニー・ライザーとは。偉業を成した先達の名を子に与えることはありま……いえ、ちょっと待ってください。存命の偉人の名を子に与えるのは、エルフの間では禁止されています。なのに、その名を名乗るということは……」
真面目に話を聞いていたリーシアの表情が、話しているうちに段々と強張ってくる。
ヒラミーはとくに反応していない。シンの友人知人の間では、サポートキャラクターの筆頭として有名だからだ。ゲーム時代は、知り合いでなくとも知っている者もいた。
そんなヒラミーの隣で、リーシアの口から「……ほんもの?」というか細い言葉が漏れた。
「正体を隠すためとはいえ、先ほどは偽名で失礼しました。あらためまして、シュニー・ライザーと申します」
「…………」
シュニーが変装を解き、本当の姿をリーシアに見せる。それを見たリーシアは、言葉を失って口をパクパクと開け閉めしていた。
「リーシア。そんな気の抜けた姿のままでいいの?」
「あ、はい。失礼しました」
すっかり恐縮してしまったリーシアに気にしないようにと声をかけ、シュニーは話の続きを始める。ダンジョンに潜っていた目的、そこから飛ばされた経緯。諸々を説明し終わると、ヒラミーとリーシアも真剣に考え込んでいた。
「記憶を失わせる邪神。あの一族がまだ生き残ってたなんて。それに、ハーメルン」
「名前と種族しかわかっていない、大陸全土で指名手配されている大罪人ですね」
国を壊滅させたこともあるというハーメルンの名を聞いて、今までの浮ついた雰囲気は吹き飛んでいた。そこにいるのは、生徒の身の安全を考える責任者としての姿だ。
「デスゲームのときも、あいつを倒すのは苦労したからな。こっちの世界じゃ、たった1人を見つけるのは難しい。あいつ隠れるのがうまいからな」
しとめておきたいという気持ちはあったが、現状では難しい。対症療法的に動くしかなかった。
「考えても埒が明きませんから、この話はここでおしまいにしましょう。ところで、シンさんはこの後どうするのですか? 仲間と合流を?」
「いや、皆がここに集まることになってる。なんというか、気を利かせてくれてな」
ユズハと同じくフィルマたちも、シンとシュニーが2人きりで過ごす時間を与えてくれたのだ。
「ということは、しばらくここに滞在すると?」
「ああ、そのつもりだ。いつまでかはわからないけどな。まあ皆が集まるまで、1週間じゃ利かないと思うけど」
「でしたら、ぜひお願いしたいことがあります!」
シンたちが長期滞在すると聞いたヒラミーが、ずいっと身を乗り出した。
「学長。まさか、例の件を?」
「ええ、リーシア。シンさんなら万が一があっても大丈夫だから」
仮にシンが「すぐ移動する」と答えたなら、ヒラミーは「仲間と合流してから再度エルクントを訪ねてほしい」と頼むつもりだったらしい。
「あいにくと、面倒ごとはごめんなんだが?」
せっかくユズハまでもが気を利かせてくれたのに、トラブルに巻き込まれるのはごめんだった。
「そこをなんとか。半日もかからず終わります。話だけでも、聞いてもらえませんか?」
真剣な様子のヒラミーに、シンはため息をついて話を聞くことにした。生徒の安全にも関わると言われては、話も聞かずに断るのは難しい。
ヒラミーによると、エルクント魔術学院の保健医との話し合いに同席してほしい、ということだった。危険がないか、シンにも意見を聞きたいと言う。
「保健医が危険? 何があったらそんな言葉が出てくるんだ?」
学院では戦闘訓練もあり、怪我人は多いとミュウたちから聞いている。現実世界の保健室よりも、こちらの保健室は生徒に身近な場所なのだ。
そこを取り仕切る保健医が危険というのは、なんとも妙な話だった。
「実は、その保健医はモンスターなんです」
「モンスター? お助けキャラ的なやつなら確かにいたけど」
基本的にモンスターは倒すべき敵だ。だが、なかには人と敵対しておらず、クエストのヒントをくれたり、一時的にパーティの一員として戦ってくれるモンスターもいた。
試練と称してプレイヤーと戦い、力を示せればアイテムや装備をくれたエレメントテイルはその最たるものだ。
「いえ、ゲーム時代は、完全に敵として出ていました。本来なら敵対する相手と協力をするという内容のイベントもありましたけど、その中にも含まれていません」
「そのモンスターの名前は?」
「七つの罪源の悪魔の1人、色欲です。今はルクスリアと名乗っています」
「悪魔が保健医……ああ、そうか。あいつらは最終的に人型になるんだったな」
強欲、色欲、怠惰、嫉妬、憤怒、暴食、傲慢。
それぞれの名を冠する悪魔たちは、初期状態ではただのモンスターと変わらない。レベルが上がるに連れて悪魔に相応しい姿へと成長し、なぜか最終的に人型に落ち着くのだ。
ゲーム時はそこまで悪魔が成長することは滅多になく、シンも悪魔の人型は動画でしか見たことがない。
「3年ほど前に何の前触れもなくふらっと現れ、今ではすっかり教員の一人として馴染んでいます。薬草や錬金術の知識が豊富で、正直に言うととても有能なんですけど……」
気まぐれでも起こして暴れられたら、学院が崩壊するとヒラミーは続けた。
人型にいたる頃には、悪魔のレベルは700を超える。元プレイヤーのヒラミーといえども、太刀打ちできる数値ではない。
「なるほどな。確かに、レベル700超えのモンスターが学院内を自由に歩き回ってます、とは言えないよな」
モンスターだからと実力行使で追い出すことは不可能。
そもそも、採用試験はモンスターであるという一点以外は問題なくクリアしているのだ。日常の業務もそつなくこなし、生徒からの信頼もある。
正面から話し合いたいところだったが、何がトリガーになって暴れるか予想もつかないので、今日までどうしても踏み出せなかったようだ。
「要は、用心棒みたいなものか。暴れ出したら、鎮圧すればいいんだな?」
「はい。話し合いの日は、生徒を全員学院の外へ出します。学院はもともとギルドの建物なので、結界をフル稼働して内部に閉じ込めれば、戦いになっても外に被害は出ないはずです」
準備自体はすでに出来ているらしい。ちょうど学院が長期休みに入り、生徒が少ない今がチャンスなのだそうだ。
「……わかった。こっちの罪源がどういうやつらなのか、知っておいて損はないだろ。シュニーはどう思う?」
「私も賛成です。悪魔が何を考えているのかはわかりませんが、生徒の身を案じる気持ちは共感できますので」
「あ、ありがとうございます!」
心底ほっとした様子で、ヒラミーが礼を言った。隣のリーシアも、小さく息を吐いている。
「では、さっそく明日、話し合いの席を設けたいと思います。シンさんたちはこれからどうしますか?」
「適当に宿を取って休んでるよ。いつごろ訪ねればいい?」
ダンジョン内にいた経緯を話した際に、不法侵入についてはお咎めなしとヒラミーが宣言したので、このあとは人目に付かないように学院の外に出て宿を取るつもりだった。
「こちらから迎えを出します。宿は私が紹介状を書きますから、そこへ。サービスもしっかりした宿ですよ」
「わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「いえいえ、話し合いの結果によっては、むしろ私たちのほうがお世話になるので」
罪源の悪魔と戦う可能性を考えれば、宿の手配など些事だと少し疲れた様子でヒラミーは言う。
迎えは朝9時。
シンたちも念のため、対悪魔武器を用意しておくと告げてその場は解散となった。
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