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14巻
14-1
しおりを挟む第一章 パステルラビットを探しに行こう。
僕は茅野巧。元日本人。
何故〝元〟かというと、エーテルディアの神様の一人、風神シルフィリール――シルが起こしたうっかり事故で一度死んでしまったからだ。そして、そのことに責任を感じたシルが、僕を自分の眷属としてエーテルディアに転生させてくれた。
しかし、転生した僕が最初にいた場所は、危険な魔物がうじゃうじゃといる、ガヤの森という場所だった。しかも、その森で双子の子供と遭遇したのだ。
危険な場所に子供を放置するわけにはいかず、保護したのだが……後日、その子達が水神様の子供だと判明。さすがに神様の子供を放っておくわけにはいかなかったので、アレンとエレナと名づけ、正式に自分の弟妹として育てることにした。
僕は子育て未経験だったが、子供達がとても良い子で手がかからなかったのと、知り合った人達に助けられたことでどうにかなっている。
つい先日、僕達が大変お世話になっているルーウェン伯爵家の次男、グランヴァルト・ルーウェン――ヴァルトさんとロザリー・グラキエス――今はもうロザリー・ルーウェンだが、ロザリーさんとの結婚式が行われた。
その結婚式は、シルが少々問題を起こしたり、披露宴では思ってもみなかった展開になったりして、すんなりとはいかなかったが……まあ、無事に終わった。
結婚式の翌日には、ロザリーさんに僕の契約獣であるフェンリルのジュール、飛天虎のフィート、サンダーホークのボルト、スカーレットキングレオのベクトル、フォレストラットのマイル、パステルラビット達も紹介した。それとルーウェン家の皆さんにも、ジュール達が実は成獣であったことを明かしたんだけど……――
みんなは驚きつつも普通に受け入れてくれたので、僕はひと安心したのだった。
「「さがすぞー!」」
《《《おー!》》》
披露宴の数日後、僕と子供達は、ジュール達と共にロザリーさんにプレゼントするパステルラビットを捕獲するために森にやって来た。ジュール達を紹介した時、ロザリーさんが動物好きっていうことが判明したからな。
僕達が年明けまで王都にいると知っていたヴァルトさんは、暖かくなってから探しに行けばいいと言ってくれたが、張り切った子供達がそれでは嫌だと言うのだ。なので、僕達は早々にお出かけだ。
まあそもそも、外に遊びに行ったり依頼を受けたりするのを、子供達が年明けまで我慢できるとは思えないしな。
「さて、どっちに行く?」
「「あっちー!」」
行く方向は、いつものようにアレンとエレナが行きたいほうだ。
「そういえば、パステルラビットは青色を探すのか?」
「ぎんいろと」
「あかがいい」
「銀と赤?」
「ヴァルトにぃと」
「ロザリーねぇさま」
「ああ、二人の髪の色か」
「「そう!」」
銀色と赤のパステルラビットか~。確かにその色が揃っていたら、二人のためのパステルラビットって感じがするが……銀色のパステルラビットっているのかな?
「「あ、あおもさがすよ~」」
「ん? じゃあ、ヴァルトさんとロザリーさんには三匹のパステルラビットを連れて帰るのか?」
「「そう!」」
まあ、パステルラビットの飼育はそんなに手間は掛からないし、餌代もそれほど必要としないので、三匹くらい問題ないか。
「見つかるといいね」
「「みつけるの!」」
「……ははっ、そうだね~」
子供達のやる気が本当に凄い。僕のほうが思わずたじたじになってしまう。
《ねぇ、ねぇ、今日は薬草の採取はするの?》
「「するよ~」」
ジュールの質問に、子供達は元気よく頷く。
依頼を受けて来ているわけではないが、子供達は薬草採取も目論んでいるようだ。
《あらあら、二人とも働き者ねぇ~》
返答する子供達を、フィートが微笑ましそうに見つめていた。
《兄ちゃん、兄ちゃん、あれ、あるかな? 雪に埋まってるキノコ。オレ、あれ探したい!》
「ああ、ユキシタ茸か。あれは雪が深いところじゃないと見つからないから、ここら辺にはないんじゃないかな?」
ベクトルがユキシタ茸を探したがるが、ここら辺の雪はうっすらと積もっているだけなので、もっと山のほうに行かないと見つからないだろう。
《えぇ~。アレン、エレナ、もっと山のほうに行こうよ。ほら、前にいっぱいパステルラビットがいた洞窟とかに行けば、パステルラビットもいっぱい見つかるしさ~》
ユキシタ茸は美味しいからか、ベクトルは採りに行きたくて仕方がないようだ。
「「ん~?」」
しかし、アレンとエレナはあまり興味がなさそうである。
《あんまり売りたくないけど、いっぱい採れば依頼とかで使えるんじゃないの? 兄ちゃん、珍しいキノコだって言っていたし!》
「「うっちゃうのー?」」
《いっぱい採って、ちょっとだけね》
食べものを売るのを嫌がるベクトルが、売ることを提案するなんてなかなかない光景だ。
それを提案するほど、ユキシタ茸を採りに行きたいのか。
《ねぇ、兄ちゃん、あのキノコ売れるよね?》
「まあ、売れるだろうし、依頼も間違いなくあるだろうな」
確か、ユキシタ茸の依頼は毎年出ていたはずだが、あまり達成できる人はいないらしい。見つけづらいキノコだからな。
依頼を受けたら、間違いなくギルドには喜ばれるだろうな。
「「ん~」」
《ほら、アレンとエレナはギルドのランクを上げたいって言ってたじゃん》
ベクトルが一生懸命にアレンとエレナを説得しようとしている。本当に珍しい光景だ。
《ねぇ~、アレン、エレナ、お願い~》
「「う~ん」」
《ほらほら、ヴァルト様のお嫁さんへのお土産にしようよ!》
「「おぉ!」」
ベクトルがロザリーさんのことを持ち出すと、渋っていたアレンとエレナが違う反応を示す。
《きっと喜んでくれるよ!》
「「とりにいこう!」」
《やった~》
子供達はとうとう意見を翻し、ベクトルの希望が通ることになった。
というわけで、僕達は雪が多く積もる山頂のほうへ向かうことにした。
「「もうちょっと?」」
「そうだな、もう少し深いほうがいいと思う」
山を登るとだんだんと雪が深くなってきた。さすがに子供達は歩くのが大変になってきて、大きくなったフィートの背に乗せる。
「「ゆき、いっぱいだね~」」
「そうだな。どうだろう、ここら辺ならもうユキシタ茸もありそうだな」
そして、積雪量が僕の膝下くらいの深さのところで、登るのを止める。
《探してみる!》
すぐにベクトルが辺りの匂いを嗅ぎ、ユキシタ茸を探し始める。
《ここだー!》
すると、すぐに何かを見つけたようだ。
ベクトルは頭から雪に突っ込み、雪をずぼずぼと掘っていく。
《あったー!》
無事に一個目のユキシタ茸を発見したようだ。
「お、まあまあの大きさだな」
ベクトルが見つけたのは、直径が十センチほどのものだった。
ユキシタ茸は上に積もる雪が多ければ多いほど、大きくて美味しいものになる。この大きさだと……中の下くらいかな?
それを見て、ジュールが首を傾げる。
《去年採ったものよりちょっと小さめかな?》
「まあ……そうだね。でも、これでも美味しいだろうな」
去年採ったユキシタ茸の大きさは、平均で十四、五センチ。一番大きくて十七、八センチはあったと思う。それに比べれば確かに小さめだ。だがまあ、この大きさでも美味しいんだけどな。
《むぅ~……兄ちゃん! もっと上に行こう!》
ジュールもベクトルを煽るつもりはなかっただろうが、ベクトルは去年より小さいという言葉がお気に召さなかったようだ。
「ここら辺のものでも十分に良いものだよ」
《ヤダ! もっと大きいのを見つけたい!》
「……」
ベクトルは完全にやる気になってしまったようだ。
「僕もこれ以上登るのは大変なんだよ」
《じゃあ、兄ちゃん達はここら辺にいて! オレ、行ってくる!》
「……」
実際はまだ登ろうと思えば登ることはできるだろうが、戻るのが大変になってしまう。なので、それとなく伝えてみたのだが、ベクトルはそれでも止まる気配がなかった。
「あ~、そうだな……ボルト、マイル、ベクトルと一緒に行ってくれるか?」
《はい、任せてください!》
《わかったの! ベクトルの面倒を見るの!》
ベクトルは普段から、わりと単独で自由にさせていることが多いが、何となく今日は危ない気がしたので、お目付け役にボルトとマイルを付けることにした。ボルトもマイルも僕の気持ちを汲み取ってか、快く引き受けてくれる。
「ベクトル、ボルトとマイルから離れちゃ駄目だよ」
《わかった! ――マイル、早く乗って!》
《も~、ベクトル、ちょっと落ち着くの!》
僕が許可を出すと、ベクトルはマイルを急かすように背に乗せ、山頂に向かってずぼずぼと雪を掻き分けながら駆けて行ってしまった。
《じゃあ、兄上、ぼくも行ってきます》
「あ、待って。これこれ!」
ボルトが慌てて二匹を追いかけようとするので、僕は急いでボルトにマジックバッグを渡す。
《あ、そうですね。預かります》
「気をつけてな~」
《はーい》
ボルトはマジックバッグを受け取ると、もう姿が見えなくなったベクトル達を追いかけて飛んでいく。
《大丈夫かな~?》
《山の雪を全部溶かすようなことをしないといいのだけど……》
「……え?」
三匹の姿が見えなくなったところで、ジュールとフィートが呟いた言葉に僕は戦慄した。
「ボルト、マイル、頼むな~」
絶対にないとは言い切れないことなので、僕はボルトとマイルに向かって祈るように願っておいた。災害を起こさずに無事に帰って来てくれ、とね!
《お兄ちゃん、言い出したボクが言うのも何だけど、きっと大丈夫だよ》
《そうね。ボルトとマイルがしっかり見張ってくれているものね》
「そ、そうだよな」
ジュールとフィートの言葉に、何とか気持ちを落ち着かせる。
《それで、お兄ちゃん、ボク達はここら辺でユキシタ茸の採取をする?》
僕が落ち着いたところを見計らって、ジュールがこの後どうするか尋ねてきた。
「いや、ユキシタ茸はベクトル達に任せて、僕達はパステルラビットを探そうか。もともとの目的はそれだしね」
《それもそうね。きっとベクトルがいっぱい採ってきてくれるものね》
というわけで、僕達は当初の予定通りパステルラビットを探すことにしたのだが――
「「あっ! いた!」」
「いた? パステルラビットか?」
「「そう!」」
すぐにアレンとエレナがパステルラビットを見つけたようで、茂みの中に潜っていく。
《さて、何色のパステルラビットがいるかな~?》
《アレンちゃんとエレナちゃんなら、赤と青は確実にいるんじゃないかしら?》
「そうだな。それに一、二匹じゃなくて、いっぱい連れてきそうだよな~」
僕はジュールとフィートと一緒に、子供達が連れ帰ってくるパステルラビットの色と数を予想する。
「「おにぃちゃん、いっぱいいたよ~」」
案の定、アレンとエレナは複数のパステルラビットを抱いて戻ってきた。
「六匹か」
《えっと、アレンが抱いているのは、赤、緑、ピンクだね》
《エレナちゃんのほうは、青、紫、黄色ね》
「さすがだな。見つけたい三色のうち二色がいたか~」
銀のパステルラビットはそもそも存在しているかどうかがわからないので、ほぼほぼ目的は達成できたと言える。
「これで充分だと言いたいが……」
「「だめー!」」
「ぎんいろのこも」
「さがすの!」
「だよな~」
アレンとエレナがこれで満足するとは思えないので、パステルラビット探しは続行だな。
ただ、決めておかないといけないこともある。
「銀のパステルラビットが見つけられなくても一泊まで。明日には街に戻るからな。いい?」
「「わかったー」」
とりあえず、期限だけはしっかりと決める。じゃないと、ずるずると何日も探すことになりそうだからな。
「それじゃあ、その子達はまた籠に入れておくか」
「「うん!」」
僕が《無限収納》から大きめな籠を取り出すと、アレンとエレナは手慣れたようにパステルラビットを入れていく。
「いつも思うし、いつも言っているが……本当に逃げないよな~」
《うん、ボクもいつも不思議に思う》
《何を基準に危険と判断しているか、聞いてみたいわよね~》
そもそもパステルラビットはとても臆病で警戒心が強く、なかなか見つからないし、見つけてもすぐに逃げてしまうのだ。
しかし、アレンとエレナが見つけてくる個体はまったく違っていて、今もジュールとフィートが籠に顔を近づけるが、パステルラビット達はのんびりとしている。
二匹とも種族で言えば猛獣の類なんだけどな~。不思議である。
「まあ、考えても原因はわからないし、気にしないで次に行こうか」
《それもそうだね~》
《アレンちゃん、エレナちゃん、次はどっちに行くのかしら?》
「「あっちー」」
深く考えるのは止め、僕達は再び子供達が示す方向へと移動する。
「「あっ!」」
しばらく歩くと、子供達がまた何かを見つけて茂みに潜っていった。
《お? いたかな?》
《銀のパステルラビットがいるといいのだけど、どうかしらね~》
「白と灰色ならいるから、それで妥協してくれるといいんだけどな~」
《無理じゃない?》
《無理じゃないかしら?》
「……」
ジュールとフィートが少しの希望もくれない。
思わず黙っていると、アレンとエレナが嬉々とした様子で戻ってきた。
「「おにぃちゃん、みてみて~」」
「何だ? 銀色のパステルラビットがいたかい?」
「「それはいなーい。でもね!」」
目的のパステルラビットが見つかったのかと思ったが違ったようだ。
「とりさんも」
「みつけた~」
「へ? 鳥?」
「「とり~」」
「んん?」
喜んでいる理由は鳥らしいが……鳥?
野球ボールくらいかな? アレンが片手で掴めるくらいの、もふもふで真っ白い丸いものを持っているが……まったく鳥に見えなかった。
『ぴぃ』
「あ、鳴いた」
先ほどまで見ていたのは背中側だったのだろう。白いもふもふがもぞもぞと動くと、黒いつぶらな瞳と小さな嘴が見えた。
「本当に鳥だ。でも、魔物じゃないよな?」
魔力を感じないので、ただの鳥なのだろう。
僕が手のひらを上にして差し出せば、鳥は無警戒でそこに乗ってくる。
それにしても小さい鳥だな~。以前出会ったバトルイーグルの雛よりも小さい。
「えっと……えっ!? オーロラバード!? 本当に!?」
何の鳥かわからなかったのですぐに【鑑定】で調べてみると、オーロラバードという種類の鳥だということがわかった。
オーロラバードは、月光に当たると白い毛がオーロラのように光ると言われている、非常に珍しく稀少な鳥だ。しかもこの個体は、小さいが雛ではなく、成体のようだ。
「どこにいたの!?」
「パステルラビットと~」
「いっしょにいた~」
「はぃ!? え、だって今回はパステルラビットを連れていなかったよね?」
戻ってきた子供達はパステルラビットを抱えていなかったよな? あれ? でも……先ほど子供達は「とりさん〝も〟」と言っていた気がする!
《お兄ちゃん、お兄ちゃん》
「どうした、ジュール?」
《足元にいっぱいいるよ~》
「……え?」
ジュールに指摘を受けて足元を見ると――パステルラビットが寛いでいるではないか!
「うわっ! いつの間に!? 何匹いるんだ?」
《兄様、間違っていなければ七匹いるわよ》
七匹……じゃあ、これで合計十三匹だな。
「「んにゅ?」」
「アレン、エレナ、どうした?」
「「にひき、たりなーい?」」
「え、まだいるの?」
「きゅうひき、いたの~」
「ちょっとまってね~」
アレンとエレナは慌てて茂みの奥に舞い戻っていった。
パステルラビットは九匹。合計十五匹になるらしい。
「「いたいた~」」
すぐに子供達は一匹ずつ、パステルラビットを抱えて戻ってきた。
「えっと……その子達は僕達と一緒に行きたくないんじゃないのか?」
「そんなことないよ~」
「ねてるだけ~」
「……」
暢気に寝ていたのか。パステルラビット特有の警戒心はどこにいったんだか……。
「じゃあ、連れて行っていいんだな」
「「うん」」
「やさしい」
「かいぬしさん」
「「さがすのー」」
優しい飼い主に当たるかどうかは、はっきり言って運によるものだけどな。
「それで、このオーロラバードはどうするんだ?」
「ぎんのこ、いなかったから」
「とりさん、かわりにするね」
「……そうなのか」
どうやら、銀色のパステルラビットを諦め、オーロラバードをヴァルトさんとロザリーさんへのお土産にするつもりのようだ。
オーロラバードのほうも捕まえているわけではないのに逃げないところを見ると、連れて行かれて飼われるのもいいと思っているのだろう。
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