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12巻

12-2

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「よっ!」
「どうも」
「えっ!? ちょっと待って! えぇ? 本当に待って!」

 船を探検中、エヴァンさんとスコットさんの姿を見つけた僕は、思わず声を上げてしまった。

「それだよ! タクミのその反応が見たかった!」
「いや、何でいるんですか!?」
「護衛の依頼があったから受けてみた」
「はぁ?」

 エヴァンさんの話ではいまいちよくわからなかったので、スコットさんに顔を向けると、詳しい経緯を説明してくれる。

「商船には普段、商会専属の護衛が船に乗り込むものなんですが、急遽きゅうきょ、冒険者ギルドに護衛の依頼があったのです。きっと人手が足りなかったのでしょう。それで、ギルドマスターから私達に『どうだ?』というお声がかかりました」
「護衛の人手が足りない? 何かあったんですかね?」
「たぶん、ぞくだな」
「「「ぞく?」」」


「「ぶっ!」」

 理由を聞いて、僕と子供達が同じ疑問を口にする。すると、何故かエヴァンさんとスコットさんが噴き出した。

「さ、三人同時に首をかしげるって!」
「気が合っている証拠ですよ」

 ……どうやら僕と子供達は、同じ発言だけじゃなく、同じ仕草もしていたらしい。
 凄い偶然だけどね。

「それで〝ぞく〟って何ですか?」
「本当、おまえ達は仲が良いよな~。賊っていうのは、あれだ。荒くれ者。海賊だな」
「ああ、なるほど。〝賊〟か」

 そういえば、渡航についての注意事項には、海賊についてもあったな~。うっすら触れる程度だったけどね。

「「わるいやつ?」」
「そうだね」
「「やっつけるー!」」
「来ないほうがいいけど、来た時はエヴァンさん達の仕事だな」

 僕の言葉に、アレンもエレナも首を傾げた。

「アレンはー?」
「エレナはー?」
「大人しく待機かな?」
「「えぇ~~~」」

 海賊をやっつける気満々の子供達を一応は止めておく。

「で、実際のところはどうなんですか?」
「最近、頻繁ひんぱんに襲われているらしい。だが、襲われているのは小規模、中規模の船だ。この船は大型だから、狙われる可能性としては低いだろうな。あ、これは裏の話だから、広めるなよ」
「了解です」

 襲われる可能性が低いと言っても、冒険者ギルトに依頼を出して護衛の人員を増強するくらいだから、商会はかなり警戒しているのだろう。

「で、エヴァンさんとスコットさんは、今は仕事中ってことですか?」
「そういうことだな。って言っても、航海が平和だったら、見回り程度の役目だけどな」
「そうなんですか?」
「ああ、客の相手をするのも仕事の内さ」
「……それはこじつけっぽいけどな~。でもまあ、エヴァンさん達が問題ないって言うなら、船内の案内をお願いできますか?」
「おう、任せろ」

 というわけで、エヴァンさんとスコットさんに案内してもらいながら、船内探検の続きを再開した。

「「ここはー?」」
「食堂だな」
「「ごはーん?」」
「ああ、一等室と二等室の客なら、ここに来れば三食食事が提供されるはずだ」
「あれ? 三等室は食事が出ないんですか?」
「いいえ、前もって注文していれば提供されます。ですが、船の食事は普通の食事より少々高くつきますからね。三等室を取る者は携帯食で済ます者も少なくありません」
「ああ、そういうことか」

 特等室の食事は部屋に運んでくれるので、僕達はそこら辺の説明は受けていない。なので、初耳の情報ばかりだった。

「おい、初めて聞いたような感じだな。船に乗った時に説明を受けただろう? 船員の職務怠慢か? タクミ達の部屋はどこだ?」

 エヴァンさんは、僕が説明を受けていないと感じたようで、表情を険しくした。

「部屋ですか? 特等室ですよ」
「うわっ、特等室だって!?」
「おや、それは豪勢ですね」

 しかし、僕達が特等室を借りていると聞いて、エヴァンさんの表情は一転、驚きの表情に変わった。スコットさんも驚いている。

「特等室か三等室しか空いていなかったんですよ」
「ああ、それなら特等室を選びますね。タクミさんは財力がありますしね」
「よく考えれば、確かにそうか」

 僕達の稼ぎを少なからず知っている二人は、納得の表情を見せる。
 すると、アレンとエレナがエヴァンさんに向かって胸を張った。

「おへや」
「すごかった」
「そんなに凄いのか。それは見てみたいな」
「「いいよ」」
「おっ、いいのか? 本気にするぞ」
「「うん、おいで」」

 エヴァンさんと子供達って、地味に仲良しだよな~。
 そう思っていたら――

「精神年齢が近いんですかね?」
「……」

 スコットさんが僕と同じことを思ったのか、エヴァンさんに対してなかなか辛辣しんらつな言葉をこぼす。
 エヴァンさんには聞こえなかったようなので、反論の声は上がらなかった。

「本当にいいなら、俺達は今日、夕方から休憩きゅうけいなんだ。その時に邪魔じゃまするぞ」
「「ゆうがたー?」」
「ああ」
「「わかったー。まってる!」」
「あ、それなら、ご飯も一緒にどうですか?」

 エヴァンさんとスコットさんを部屋に招待するのは問題ない。部屋は広いからな。
 ついでに晩ご飯も誘ってみた。

「お誘いは嬉しいのですが、私達の食事は従業員用のものですので、特等室に提供される食事と並べて食べるのは少々……」
「さすがに同じ場所で違う料理を食べるなんていう意地悪はしませんよ」

 スコットさんの言う通り、特等室の食事と従業員用の食事では、豪華ごうかさは確実に違うだろう。それはわかっている。

「僕のほうで追加注文できると思うんですよね。できなくても僕の手持ちの料理を出しますから、従業員のほうで出る食事は夜食にでもしてください」
「特等室の食事っていうのも魅力的だが、俺はタクミの料理がいいな!」
「そうですか? それなら追加はしないで、僕の料理でいいですか?」
「おう!」

 特等室の料理より僕の料理のほうが良いと言われると、悪い気はしない。

「タクミさん、本当にいいんですか?」
「もちろんです。ご飯は大勢で食べたほうが楽しいですしね」
「「うん、たのしい!」」
「なので、スコットさんが嫌じゃなかったら、ぜひ来てください」

 スコットさんは遠慮えんりょしているようだったので、改めて誘うと嬉しそうな顔でうなずいてくれた。

「「まってるね~」」

 客の案内も仕事の内だと言っても、さすがに二人をずっと拘束こうそくしているわけにはいかない。というわけで、一旦いったんここで別行動することになった。
 そして、夕方。約束通りエヴァンさんとスコットさんが部屋を訪ねてきたのだが……部屋の内装を見て、エヴァンさんは子供達と一緒に子供のようにはしゃいでいた。


 ◇ ◇ ◇


 船旅二日目。今日も快晴だ。

「「おさかな、いるかなー?」」

 甲板に出ると、アレンとエレナは手すりに登って海を覗き込む。

「どうだ、魚はいるかい?」
「「いなーい」」
「そうか、それは残念だな」
「「よんだら、くる?」」

 最初は残念そうにしていた子供達だが、そう言うと手をたたいて魚を呼び始めた。

「「こいこーい」」

 これは……池のこいを呼ぶときにする仕草だな~。
 えさもらい慣れている鯉なら寄って来るかもしれないが、海にいる魚は来ないだろうな。
 そう思っていたら――

「「きたー!」」
「え? うそっ!?」
「「いっぱいだよ!」」

 子供達が嬉しそうに歓声を上げたので、僕は慌てて海をのぞんだ。

「うわっ、本当だ」

 すると、大量の魚が密集して、ピチピチと海面からねているのが見えた。

「ここまでいると気持ち悪いな~」

 船の近くにこんなにも魚が密集していたら、船の進行に問題が起きるんじゃないだろうか?

「何だこりゃあ!」
「うわ、凄ぇー」

 他の乗客も魚に気づいたようで、慌てて船員さんを呼んでいた。

「失礼ですが、お客様。餌をいたりはしていませんか?」
「いいえ、していません」

 船員さんは、一番魚が密集している場所の近くにいる僕達のところに来る。
 あまりにも魚が集まっているので、僕達が餌を撒いたと疑われても仕方ないか。

「「よんだら、きた~」」

 アレンとエレナが場所を移動して、また「「こいこーい」」と魚を呼べば、大量の魚が子供達の近くへ移動した。

「「ほらね」」
「「「えぇ~~~」」」

 その光景を見た船員や乗客は唖然あぜんとし、あきれたような、気の抜けたような声を出していた。

「ご覧のとおりですね……餌はあげていないんですが、原因は僕達と言えるのかな? 船の側面とはいえ、魚が集まっていると、やっぱり危ないですか?」
「い、いえ、側面だけでしたら問題ないのですが、万が一、船尾のほうに行ってしまうと……」

 船はエンジンではなく魔石が動力源だというのは聞いているが、どうやって動かしているかまでは知らない。船員さんは言葉をにごしているが、船尾にスクリューや排水口などがあって、そこが詰まってしまっては大変なことになるのだろう。

「アレン、エレナ、魚がいっぱい集まると船が困るようだから、呼ぶのは止めようか」
「「わかった。――ばいばーい!」」
「「「「「えぇ~~~」」」」」

 アレンとエレナが手を振ると、今度は魚がいっせいに散っていった。
 それを見た船員や乗客が、またもや呆然ぼうぜんと声を出す。しかも、何事かと人が集まっていたので、先ほどよりも声の数が多くなっていた。

「すみません、お騒がせしました」
「い、いいえ、こちらこそあらぬ疑いをかけてしまい、申し訳ありませんでした」

 何事もなかったような状態になったので、さっくり謝罪してその場を収めたのだった。


「「あ!」」
「ん? 降ってきた?」
「「あめー?」」

 魚事件が終わって、人も減った甲板をぶらぶらしていると、今度は何かが降って来て――カランッと甲板が音を立てた。雨かな? と思って見上げてみたが、空は青空のままだった。

「良い天気だな」
「「だね~」」

 天気雨かとも思ったが、それでもなさそうだ。

「何だこれ?」

 視線を上から下に戻して甲板を見渡してみると、小指のつめほどの大きさのカラフルな玉がいくつか転がっていた。僕はそれを拾い、すぐに【鑑定かんてい】で調べてみる。

「「なーに?」」
「えっと……砂糖菓子さとうがし?」
「「あまいの?」」
「そうみたいだけど……何で空から?」

 降ってきたものの正体は……金平糖こんぺいとうのようだ。
 このような現象は聞いたことはないが、エーテルディアでは一般的なのだろうか?

「「たべていい?」」
「いや~、さすがに下に落ちたものは駄目だめだよ」

 不特定多数の人が出入りしている場所の甲板に落ちたものは、食べさせたくない。だからと言って洗うわけにもいかないので、子供達にはあきらめるように伝える。

「「あっ!」」

 すると、アレンとエレナは、再び降ってきた金平糖を空中でキャッチした。

「「これはー?」」
「……まあ、それならいいよ」
「「わーい」」

 落ちたものが駄目なら、落ちていないもの……ということだな。
 金平糖自体は特に変わったものではなく【鑑定】でも〝食用可〟となっていたので許可を出すと、子供達は金平糖を口に放り込む。

「「おぉ~」」

 子供達は感嘆の声を出し、にんまりと笑う。

「美味しいんだ?」
「「おいしい! ――あっ!」」

 また降ってきた金平糖を、二人はすかさずキャッチする。

「「とぉ!」」

 一定間隔かんかくで降って来る金平糖を連続でキャッチし続けるアレンとエレナ。

「ほら、びんだよ」
「「ありがとう」」

 それぞれに空の薬瓶を渡せば、二人はすぐに金平糖を瓶に入れる。

「「むぅ~」」

 瓶を振ってカラカラと鳴る音を聞きながら、子供達はむくれる。

「「まだ、これだけ~」」

 金平糖は、ポツリ、ポツリ……としか降ってこないので、なかなか数が溜まらずに不満のようだ。
 といっても、土砂降どしゃぶりのように金平糖が降って来ても微妙びみょうな気がする。

「欲しいなら、地道に頑張るしかないね。それとも諦める?」
「「……がんばる」」

 諦めないらしい。
 アレンとエレナは、それから時間をかけて薬瓶いっぱいまで空中キャッチを続けた。


てんしずくが降ってきたって船内が騒ぎになっているけど、やっぱりタクミ達は居合わせたか。運がいいな~」
「あ、エヴァンさん、スコットさん、おはようございます。ところで、天の雫って何ですか?」

 金平糖はもう降ってこないのかな? と思ったところで、エヴァンさんとスコットさんが声を掛けてきた。

「天上から降って来る、極上の甘露かんろと言われているものです」
「「これー?」」
「ええ、それです。滅多に降らず、降る範囲も狭く、居合わせた者は幸運と言われる品です」

 アレンとエレナが金平糖の入った瓶を掲げて見せれば、スコットさんは肯定する。
 どうやら金平糖は『天の雫』と呼ばれているらしい。
 すると、子供達が持つ瓶を見て、エヴァンさんが声を上げた。

「おっ、かなり集めたな」
「そうなんですか? 子供達はかなり頑張っていましたが、やっとこれだけって感じですよ? さすがに甲板に転がったものは拾わせなかったですしね」
「え? 落ちたものを拾わないでこれなのか? それなら、かなりの量だぞ」
「そうですね。降るのは少量と聞きますし、何より……一定時間が経つと降り注いだ天の雫は消えてしまいますしね」
「えっ!? あ、本当だ」

 スコットさんの言葉を聞いて、慌てて甲板を見下ろすと、アレンとエレナが拾い損ねて転がっていたはずの金平糖、もとい、天の雫は綺麗きれいさっぱりなくなっていた。

「「これもきえるー?」」
「いいえ、それは大丈夫です。拾ってしまえば、何故か消えないみたいなんです。ですので、その場に居合わせた者しか拾えないのです」
「へぇ~。そんなに凄いものだったんですね~」

 僕は改めて、最初に拾った一粒をまじまじと見つめる。
【鑑定】するために甲板に転がったものを拾ったので、何となく指でまんだままになっていたのだ。

「これって食べる以外に用途はあるんですか?」
「ん? どうだろう……俺は知らない。だが、俺が知らないだけかもしれないしな~」

 エヴァンさんが首を横に振る隣で、スコットさんも頷く。

「私も知りませんね。極上の甘露というくらいですから、食べる以外はないんじゃないですか? 一粒単位でかなりの値がつけられるって聞いたことがあります」
「そうなんですね。じゃあ、一度拾ったものを捨てると、消えるんですか?」
「消えないと聞いています」

 じゃあ、この一粒をここで捨てても消えないってことか。

「……タクミ、捨てる気か?」

 僕が手に持っている天の雫を持て余しているのを感じ取ったエヴァンさんが、胡乱気うろんげな目で見てくる。

「だって、これは甲板から拾ったやつですし……というか、拾い集めたものが売れるんですか?」

 うちの子達は空中キャッチだが、普通なら地面に転がったものを拾うことになるだろう。

「売れるぞ。食べるのは……魔法で綺麗にするんじゃないのか?」
「ああ、その手があったか! ――《ウォッシング》」

 水洗いでなくても、魔法で綺麗にするという方法があったな! すっかり忘れていた魔法を、摘まんでいる天の雫にかける。

「「むぅ~。ひろえた~」」

 甲板に落ちたものも拾えれば、もっと集められたのに……とアレンとエレナがむくれていた。

「ごめん、ごめん。今度は下に落ちたものも拾おう」
「「うん! がんばる」」

 今回の失敗は忘れずに次に活かそう。そう子供達に伝えると、子供達もやる気を出していた。

「……一度だけでも幸運ですが、もう一度巡り合う気満々なのですね」
「……いや、でも、あいつらなら遭遇するんじゃないのか?」
「……それもそうですね」

 スコットさんとエヴァンさんは、僕達のやりとりを聞いて呆れたような表情をしていた。

「それはそうと、アレン、エレナ。それは珍しいものみたいだから、人に見せないようにな。あと食べる時はこっそりな」
「「はーい」」

 とりあえず、人に自慢するように見せたり、食べたりしないように注意しておく。

「売らないで子供達のおやつにするっていうのが、タクミらしいよな~」
「え、だって、全部子供達が拾ったものですから、そうするのが普通じゃないですか?」
「いやいや、そうすることができる保護者は少ないって」
「へぇ~」

 子供から取り上げて売り払って、生活費にするってことかな? うーん、生活が苦しかったらそうするのか?

「まあ、僕達は生活に困っていませんしね。あ、これ、食べます?」

 僕は摘まんでいた天の雫をエヴァンさんに差し出してみる。

「おい。在庫処分のように差し出すなよ」
「綺麗にしましたよ」
「自分で食べればいいだろう……まあ、味が気にならないと言えば嘘になるけどな」

 エヴァンさんは正直者だ。

「アレン、エレナ、お願いがあるんだけど」
「「なーに?」」
「エヴァンさんとスコットさんに、天の雫を一粒ずつあげてくれないかい?」
「「うん、いいよ~」」

 味が気になることは確かなので、自分が持っているものは自分で食べることにして、子供達に一粒ずつ譲ってくれないか頼んでみる。
 すると、子供達はあっさり了承し、すぐに瓶から天の雫を一粒取り出して、エヴァンさんとスコットさんに差し出した。

「え、いいのか?」
「さすがに悪いですよ」
「「おいしいよ?」」

 アレンとエレナは、〝さあ、受け取れ〟とばかりに、エヴァンさんとスコットさんの手をつかむと、二人の手のひらに天の雫をせる。
 嫌がらずに分けてくれるのは、うちの子達の良いところだよな~。


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