月が導く異世界道中

あずみ 圭

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6巻

6-2

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    ◇◆◇◆◇


 ライムズ・リポート


 ・ロッツガルド学園再開発予定地区調査中間報告
 該当地区調査から帰還中に何者かと遭遇。身長は一七〇センチ前後、細身。銀髪に黒い目。気味が悪い程に整った顔に絶えず笑みを浮かべていた。男性と思われる。容姿はヒューマンだが、おそらくは違う。特記すべき圧倒的な戦闘能力を有していた。
 逃走を図るも失敗、戦闘にて切り抜ける機会を窺う事に。指輪状の道具を起動され、以降念話を封じられる。他の影響は不明。少年の実力の底さえも見えず、敗北。何とか一撃を加えマーキングに成功。
 ※追記 戦闘中、女性の悲鳴あり。学園司書エヴァである事を後に確認。
 意識を失うも調査予定地区内、通称廃墟区内建築物地下にて拘束された状態で覚醒。調査対象による拘束であり、司書エヴァも同様に拘束を確認。状況確認の上、脱出を決める。司書も意思を確認の上で保護、同行させる。エヴァは貴族の出身である可能性あり。言動、振舞いからの推測である。
 同建築物内にて調査対象が中~大規模の組織である事を確認。施設内にて調査中の〝実験〟について実態を確認。数々の実験及び研究は予測されていた通り非道な内容であり、回復可能な状態の被験者は一名も発見されず。亜人が殆どだがヒューマンも僅かに確認出来た。
 実験の内容は魔族ロナからの情報通り、完全な人体実験。
 投薬とキメラ実験が主で、戦闘能力と魔力の向上を主目的に行われていた。
 被験者は拉致、人身売買によって継続的に集められ亜人の種族は特定していなかった模様。
 事前にマーキングの反応がないことを確認し、前述の少年は不在と判断。任務の継続を決定。対象の危険度、及び直接戦闘能力を考慮して即時の処理を決める。念話による報告が不可能な状態にあったため、自己判断により回復不可能なレベルでの破壊が妥当な処理と判断。
 対象を処理する中で前述の少年についての言動などは見られず、増援の様子もなかった。速やかに、静かに処理を完了。当該施設に罠と監視を仕掛け保護した司書と共に脱出する。
 未だ残党に動きはなく、構成員からの証言で学園内部の協力者の存在を数名特定、数名を推測するも特定に至らず。今後の調査にて全員を特定、報告するものとする。
 敵対勢力の一部に暗殺者ギルドの構成員を確認。依頼を通じた何らかの協力態勢が存在していると思われる。増援等の干渉は確認出来ず。以上。
 ※更に追記 慣れないもんを急いで書いたんで不備は勘弁してください。

ライム


 最後のは何だよ、ライム。そしてサイン、綺麗だな。僕も自分用のサイン書き慣れておかないと。契約書とか納品書とか、何かと必要だから。
 しかも色々すっ飛ばして書いている気がするな、これ。
 報告書と感想文がごっちゃになってるような印象も受けた。
 大体ライムなら自分一人で殲滅せんめつ出来るような相手から逃げて来る事くらい楽勝のはずだ。念話が通じない状況で無理に実力行使するとか不自然だよ。それにエヴァさんも同行していたっていうのにさ。
 だけど、最初にライムを子ども扱いした少年って誰だ? ランサーならわかりやすく剣を出して攻撃してくるだろうから、何か特徴として記述しそうなものだけど。その後は登場さえしていないのも気になる。組織ってのと同じじゃないのか? それにライムが五体満足だというのも引っ掛かる。どういう意図での戦闘だったんだろう。
 うーん。意識を失った隙にエヴァさんと一緒に誘拐されたとして……僕がもし襲った側だったら、まず捕まえた人の装備を解除するよな。ボディチェックして抵抗出来ない状態で拘束する、と思う。だとすると、ライムは刀を奪われたか? 命より大事と公言している刀を奪われたなら、取り返すよな。取り返すだけで済ますかな? ロナさんから伝えられた疑惑をライムに教えた時、ただでさえ結構怒っていた彼が。
 報告に刀を奪われた等の記述は一切ない。実験も、詳しい内容の報告は一切ない。ただ、被験者が誰も助かる状態になかった、あるいは皆既に死んでいた、というのは確実なようだけど。
 急いで書いたって最後に言い訳してある通り、かなり杜撰ずさんな報告だなあ。あとでもう一回ライムを呼んで口頭で補完してもらうか。別に書き直してもらう程でもないし。
 もしかしたら報告すべきじゃないと文章にしてない部分もあるんじゃないだろうか。
 ライムはあれで結構気を遣う人だから。僕を気遣ったのかもしれない。

「ライドウ様、エヴァさんがお話をしたいと仰ってますが」

 エヴァさんね。
 黙って報告を読んでいた僕は識の言葉に顔を上げる。エヴァさんは隣の部屋で待ってもらっている。ま、ライムが学園の協力者とかその他の関係者を洗い出すまではここに泊まらせるつもりだ。死なれても寝覚めが悪い。
 それにあんな場所にいた理由も聞くべきだと思う。拘束後、ライムと行動を共にしていたみたいだけど、彼が処理する光景を見ていたにしては彼女の態度は落ち着き過ぎている。本に囲まれているだけの司書さんにしては、あまりにもね。
 向こうが話す準備が出来たというなら、出向くか。この部屋に入れるのは少し抵抗があるし。
 そうだ。識を遊ばせておくのは勿体ないな。思わぬ結果ではあるけど、状況は進展したんだ。ここからはロナさんの協力も仰いで早期解決と行くか。

「識、僕はエヴァさんから話を聞くから、悪いんだけどロナさんのところに行って明日からウチのライム達と一緒に学園内部の協力者を洗い出すのを手伝ってもらって。ここまでの結果については、識の裁量である程度話してもいいから」
「承りました。では精々ロナを煽ってきましょう」

 ……。何だかロナさんと識って仲が良いよなあ。本当は昔、どんな関係だったんだろうね。
 識の後ろ姿を見送りながら隣の部屋のドアをノックする。すぐに、どうぞ、と彼女の声が返ってきた。エヴァさんも準備は出来ているんだな。
 部屋に入ると、やや憔悴しょうすいした様子の見慣れた司書がいた。ただ、僕を見る目がちょっと違っていた。知り合いに向ける目じゃない、そう、相手の価値を見極めようとしているような。値踏みという程に露骨な感じはしないんだけど少し緊張する。

「ライムさんのおかげで命拾いしました。ありがとうございますライドウ先生。彼、この商会の従業員だそうですけど、随分と強いんですね?」
[彼はウチに来るまでは冒険者でしたから。報告を受けて驚きました。ご無事で何よりです]
「識さんといい、彼といい、この商会に入るには強くないと駄目なんて規則でもあるんですか?」
[まさか。偶然そのような人材にエヴァさんが会っているというだけでしょう。それで私にお話があるとか?]

 実際には見渡す限り戦えない従業員はいないけどね。

「はい。ライムさんからお話を聞いているかもしれませんが……情報と報酬についてです」
[はて、ライムから? 彼は今余程疲れていたのか、休んでおりまして。情報と報酬ですか?]

 嘘だった。レポートにはなかったが、ライムから直接、彼女から切り出された情報と報酬については聞かされている。報酬はまあ、もらえるなら有り難く受け取るけど、僕には有益な情報の方が気になる。

「はい。ライムさんに助けられる際にお約束しましたので。報酬の方は私にも迫るであろう脅威が払拭ふっしょくされてからになりますが、情報はこれから話します」
[お聞きしましょう]
「はい、それは貴方が以前私に見せてくれた二人の肖像についてです」
「っ!?」
「ごめんなさい。私は嘘をつきました。貴方が私に知っている事を教えて欲しいと言ったあの男女の肖像。見覚えが、あります」
「……」

 両親の肖像。リノンに書いてもらったものだ。学園でも見知った人には見せて、誰か知らないかと尋ねたりしている。しかしこれまでのところ、両親について知っている人には全く出会えていなかった。
 エヴァをはじめ、司書にも何人か聞いたけど、覚えがあるという人はいなかった。確かに、それが本当なら僕には凄く有益な情報だ。父母の辿った軌跡がわかるのなら。この学園に来た目的の一つが果たせる。

「私の記憶が確かならお二人、男性の方はる国の要職を務めた貴族、女性の方は神殿に属する高位の神官だったと思います」

 貴族と神官? 父さんと母さんが?
 てっきり冒険者とばかり思っていたのに、かなり意外だ。特に母さんが聖職者だったっていうのが、僕の持つ母のイメージと全く重ならない。

[……貴族と、神官。一体、どこの国の?]
「このお二人とライドウ先生の関係は、多分聞いてもお答え頂けないとは思いますが、一応お聞きしてもよろしいですか?」
[恩人です。もっとも、その恩を返せるかどうかはもうわからないのですが]

 この世に生んでくれた最高の恩人だ。もう一度孝行が出来るのかと聞かれれば、わからないとしか答えようもないけれど。あえて両親という表現はしなかった。

「そう、でしたか。消息を絶つ直前は冒険者だったという噂もあったようですから、ひょっとしたら何かの縁があったのかもしれませんね」
[彼らについて、貴女の知っている事を教えてください]
「約束ですからね。お二人は、今はもう亡国となったエリュシオン、その衛星国家の一つ。ケリュネオンという小国でご夫婦になるはずだった貴族と神官かと」
[はずだった?]
「ええ。実際にはご結婚なさる事なく国を追われ、どこかで一角ひとかどの冒険者になったとも言われていますが、いつしか消息を絶ちました」
[どうして国を追われる事になったんです?]
「それについての詳しい記録が残っていないんです。そもそもケリュネオンは大侵攻の際にエリュシオン以上に魔族の蹂躙を受け、王の系譜けいふも残っていません。更には国名すら、もう世界から忘れ去られようとしています」

 大侵攻。魔族が十年程前にぶち切れて、女神が何も言わなくなったのをいい事に大南下した侵略戦争だ。魔族の大勝利と言って問題ない結果になったと書物で読んだ。負けた側であるヒューマンの学園都市にある書物で「大勝利」とあったんだから、実際は蹂躙に近い戦争だったんじゃないかと思う。
 亡国ケリュネオンの貴族と、神官。それが父さんと母さんの過去。
 記録すら残らないとなると、父さん達の辿った足跡を追うのは難しくなったかもしれない。
 待てよ? そうだ、国名さえ忘れられつつある国、王の系譜も辿れないような国。
 どうして、その小国の貴族の話をこの司書が知っているんだ? 学園の蔵書に何か書かれている?

[そのような亡国の貴族と神官の姿を、どうして貴女がご存知なのですか?]

 父さんと母さんは詩になるような何か凄い物語を残したんだろうか。もしかすると、最初に予想した通り、大きな出来事をやってのけ世界を転移したのかも。

「ケリュネオンについて書かれた蔵書も、図書館には数冊あります」

 数冊って。一生かかっても読みきれない程膨大な数の書物があるあの図書館で、たったそれだけかよ。まあ、僕も、エリュシオンが魔族に滅ぼされた五大国の一つだとは知っていたけど、そこを取り巻く小国家群の一つ一つとなると名前も知らない。事実、ケリュネオンなんて初耳だった。

[数冊ですか。流石はエヴァさん、よく蔵書を把握しておられますね]
「いえ。確かにケリュネオンについて書かれた本は数冊あります。しかしそこにお二人の情報は一切載っていません。私が、そのお二人を知っている理由は別にあります」
[別の、理由ですか。伺っても?]
「私とルリアが姉妹なのはもうご存知かと思いますが、家名はお教えしてはいなかったですよね?」
[ええ。しかし家名などない者も多いですし、名乗らないとしても不自然とは思わなかったですが]
「私達には、ありました。ただ今は、いえ、もうその名を名乗る事を許されない立場なんです」
[穏やかではありませんね]
「魔族との戦争で、私達の親は争わず逃げる事を選びました。結局、逃げられたのは私とルリアだけ。しかも、貴族の身でありながら国を焼かれて尚生き残った臆病者という烙印を押され……」

 エヴァさんは元貴族だったのか。いやこの口振りだと彼女自身はまだ自らを貴族と思っている可能性はあるかも。
 この世界の貴族は、領地を守る責任を持つ。平時はただ領民から税を得て社交界で名を売り、程々に領地を治めていれば文句は言われない。いやむしろ名君・名臣と呼ばれるだろう。
 だが領地に脅威が迫ったなら軍を率いてこれを守るために戦わなくてはいけない。そして撃退しなくてはいけない。もし領地が焼かれるなら、貴族はその地と共にいさぎよく滅ぶのがあるべき姿とされている。それがこの世界の貴族だ。
 領主が平時に無茶をせず、しかも戦時に領地を守ってくれるのなら、その御仁ごじんは現実的に十分に責任を果たしていると言えるだろうな。
 悪名高いリミア王国の馬鹿貴族ですら、領地を守る事は公言している。税を搾取さくしゅし、社交界での活動がメインになってしまっている彼らですらだ。もっとも、彼らは未だ領地を戦火に晒した事はないから、どこまで信頼出来るかはまた別の話だと思う。
 だから敵に背を向けて逃げた貴族というのは、この世界では相当に厳しい扱いを受けるのだろうと想像出来る。勝ち目のない戦いなら逃げるのも手だとは思うけど、僕の考えは日本人の平和ボケによるものかもしれないから言わないでおこう。

[お二人は貴族の令嬢だったんですね]
「おめおめと生き残った、と続きますけれどね。今でもどこからか事情を聞いた人に白い目で見られますし、嫌がらせも受けます。当然です、どうして勇敢に戦って潔く死ななかったのか。どれだけ亡き父母を問い詰めようとも答えは返ってきませんが。二人で自決する事も何度だって考えました。でも駄目なんです、それじゃあ」

 ん、一瞬だけどエヴァさんの目に暗い嫌な光が見て取れた。つついてもろくな事がなさそうだから黙っておいた方がよさげ。

[駄目?]
「自決しても、押された烙印は消えない。死んだ民も、焼かれた領地も返ってこない」

 まあ確かに。汚名をそそげるかと言えば、恐らく自決したとしても無理だろうな。しかし、それと僕の両親の事と何の関係があるのか。話、れてないか?

「だから、私は死ぬ前に取り戻す事にしたんです。ケリュネオンの国土を、いえ、せめて失われたアーンスランドの領地だけでも」

 ケリュネオン。
 エヴァさんとルリアは、僕の両親と同じ国の出身。アーンスランドが彼女の家名か。しかし無茶な。味方もいない、たった二人だけの姉妹に何が出来るというのか。
 どう考えても途中で犬死にして終わると思うんだけど。
 たとえ頼まれたとしても……あまりに無謀な目標だし。うん、多分ない。
 周囲を魔族領に囲まれてる場所を取り返してみたところで、すぐにまた奪還されるに決まってる。

[随分と壮大なお考えで。そうですかケリュネオンはエヴァさん達の生国しょうごくでしたか。納得しました。貴重な情報をありがとうございます]
「……いいえ、情報はまだあります。聞いてください」

 嫌なだな。もしかしてそんな無茶に本当に協力させる気なのか?
 情報提供が続くなら、まあ聞いておいても損はなさそうだ。
 亡国の貴族令嬢、エヴァの話は続く――。



   2


 静かな夜更け。僕は一人で部屋にいた。
 エヴァさんから聞かされた話、ライムからの報告、魔将ロナさんからの情報と依頼。
 こんがらがっている。情報が増えたのと状況が進行したのとで、考える事が一気に増えてもう訳がわからない。
 経験上、一から順番に考えてもこういうのは解決出来ない。僕は探偵じゃないし、更に言えば推理や複雑な状況整理自体、目を逸らしたいタイプだ。
 一つ一つやっていくのは平気なんだけど、一気に積まれると処理能力が凍結するというか投げ出したくなるというか。直したい欠点の一つだ。
 相関図を書いてまとめようと試みているんだけど、今一つ上手くいかない。参ったなあ。
 こんな事ならエヴァさんにも話を聞いてもらって整理した方が良かったかな? でも彼女は商会にもロナさんにも関わりがない人である訳で。それに話の全てが本当である確証もない。やっぱり部屋に戻って休んでもらったのが正しかったと思う。
 うん、止めた。僕が一人で考えてもどうしようもないな、これ。一人で考え込んで見当違いをやらかしたりするくらいなら、大人しく識が戻って来るのを待って睡眠時間を削って二人で話そう。
 とりあえず、僕だけが知っているエヴァさんからの話だけを整理して識の帰りを待とう。


 彼女は魔族の大侵攻の時に滅ぼされたヒューマンの小国出身。なんと僕の両親と同じ国で、その国名はケリュネオン。父さんは国の要職に就く貴族、母さんは女神を信仰する神殿の神官。……小国ってのがどの程度かわからないけど、要職って字面だけ見ると、結構よいお家柄のような気がする。僕も一つ間違えれば、貴族の令息だった可能性もあったのか。
 と、今はそれはいいや。で、エヴァさん自身は戦時に領地を捨てて逃げた貴族の生き残り。無謀にも領地と家の復活を望んでいるようだけど、協力者もなくほぼ絶望的な状態、と。父さんと母さんの事は直接見知っている訳ではないらしい。
 でもエヴァさんが、自決ではなく無謀な夢を見るようになったのには理由があった。あのあとに語られた内容がそれだ。屈辱に晒されて自決を迷う中、彼女は一時的に非常に不安定な精神状態になった。自然な事だろうと思う。妹のルリアをかばいながらの日々は当時の彼女にはあまりにも辛かったに違いない。結果、エヴァ=アーンスランドという女性は妹と自分だけの世界を内として、外の世界全てに疑念と拒絶を抱いていったらしい。
 どの程度の状況だったのかは、僕には想像も出来ないけれど。ともかくエヴァさんが女神にさえ疑念を抱いた時、ある組織が接触してきたんだとか。エリュシオンの衛星国家だった事もあり、ケリュネオンは敬虔けいけんな女神信徒が多かったというから、エヴァさんが信仰を手放そうとするのは相当な心理状態だったとわかる。あの女神、自分を慕い信仰するヒューマンにも駄目駄目かよ。確か女神にとって大侵攻は、一眠り、の間の出来事だったらしいもんな。
 組織。それが僕の頭を悩ませるものだ。女神に反意を持つ者の集まりらしいんだけど、規模が不明。ただ非常に厳しいおきてで統一された組織で、裏切りはその気配を感じさせただけで切り捨てられ処理される。秘密主義で構成員同士の顔さえほとんどわからない。自分と連絡を取ったり、自分と関係のある限られたメンバーのみ素性がわかる程度だとか。秘密結社みたいな感じだろうか? 
 でも裏切りの気配だけで消されるとか、内部の人は疑心暗鬼にならないのかね。と、また思考が逸れる。集中集中。
 驚く事に構成員はヒューマン、亜人、魔族と人種を問わない。様々な人種で技術や知識の共有が成されていて組織としての影響力や実力も相当らしい。ただはっきりしているのは、未だ表社会に顔を出しておらず、どの勢力とも繋がっていないのか、あるいはどの勢力とも関係を持っているのか、そこが不明だという事。戦争が始まっているヒューマンと魔族の間に、もしかすると第三勢力として乱入する組織にもなりうる。
 なるほど、そんな組織と関わっていたら馬鹿な夢の一つや二つ見ても不思議じゃない、か。僕には話さなかったけど、エヴァさんはその組織とやらの実力を何かしらの形で目にしているんだろう。少なくとも、魔族の支配地域にある領地を奪還しうると思えるだけの何かを。その組織力を推測するに足るこれといった形が見えないだけ、国よりも厄介に感じる。
 ……僕がいた世界でも政治の中身はドロドロなんだろうけど、異世界でも人のやる事なんて変わらないんだなあ。この世界の常識や長い争いの歴史から考えると、ヒューマンや魔族が互いに手を組むなんて、「敵の敵は味方」理論でしかあり得ないと思う。この場合の敵は女神だよな。女神が嫌いな者の組織らしいから。
 目標を達するにせよ崩壊するにせよ、その後はまたお互いを憎むだけの不毛な結果になると思う。そんな危ういものの力を借りようなんて、エヴァさん、冷静なようでいて実は狂気に呑み込まれかけているのかもしれない。
 それで今回、ライムと一緒にいるところを見られてエヴァさんも一緒に処理されそうになって命の危険を感じ、僕達に庇護ひごを求めたと。
 ロナさんは今回の一件、ヒューマンの非人道的な実験で亜人や魔族が犠牲になっているから、その実情を調査して無事な人を救出したい、なんて説明していた。識が言うには、非道な光景を見せる事で僕達の心情を魔族側にコントロールしようという意図があったんじゃないかとのことだった。戦争という状況下なら、どっちかの陣営の悪い点(あるいは良い点)を一方的に見せられていれば、偏った意見を持つに至っても全然おかしくないだろうしね。
 あと考えられるのは、今代の魔王がヒューマンの非道な行為を止めるために将を派遣した、仁義を持ち誠実な人柄であると推測させるという狙いもあるのかも。ロナさん、策謀を巡らす人らしいし。
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