年々上昇を続ける生涯未婚率…法的拘束に縛られない「事実婚」を選ぶワケ

2024.05.17 Wedge ONLINE
 連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)、日曜劇場『アンチヒーロー』(TBSテレビ)など、法曹の世界に生きる人々を描いたドラマが話題を呼んでいます。法は、自然科学のような不変の法則とは異なり、「解釈」を変えることによって、あるいは「立法」することによって、時代に応じて変化を続けています。
 今回の記事では、法的な視点から日本の結婚制度について解説。多様な価値観が尊重される現代ですが、「結婚」に対する考え方にも大きな変化が表れています。
*本記事は中央大学法学部教授の遠藤研一郎氏の著書『はじめまして、法学 第2版 身近なのに知らなすぎる「これって法的にどうなの?」』(ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
 

かつて、未婚は「負け犬」だった?

(yamasan/gettyimages)

 『負け犬の遠吠え*1が出版されたのが2003年です。この本は、当時、ベストセラーとなり、「負け犬」は、2004年度流行語大賞でトップテン入りも果たしました(ちなみに大賞は、「チョー気持ちいい」でした)。

 ところで、著者の酒井順子さんが書いていた「負け犬」の定義をご存じですか? 書籍の冒頭の部分を抜粋します。

狭義には、未婚、子ナシ、三十代以上の女性のことを示します。この中で最も重要視されるのは「現在、結婚していない」という条件ですので、離婚して今は独身という人も、もちろん負け犬。二十代だけどバリバリ負け犬体質とか、結婚経験の無いシングルマザーといった立場の女性も、広義では負け犬に入ります。つまりまぁ、いわゆる普通の家庭というものを築いていない人を、負け犬と呼ぶわけです。

 さて、それから20年近くが経ちました。今の日本はどのようになっているでしょうか。総務省統計局の国勢調査を見ると、「生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合)」は、年々上昇を続けており、1980年頃まで5%を下回っていたものが、2020年調査では、男性が25.7%、女性が16.4%に達したという結果になっています。

 また、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、生涯未婚率は、今後、もっと上昇することが予想されています。

 この数値を多いと思うか少ないと思うか、よいと思うか悪いと思うかは、見解が分かれるでしょう。1つ確かなことは、結婚をしない人が、相対的に増えているということです。

*1 著者(当時)の同世代が抱える本音を書き綴ったエッセイ。酒井順子『負け犬の遠吠え』講談社文庫

「つき合うこと」と「結婚すること」の違い

 なぜ、結婚をしない人が増えているのでしょうか。たくさんの理由があるようです。それを調査・分析した書籍(研究論文なども含む)も多く存在します。「結婚しないのではなくて、できないのだ!」という悲痛な叫びも聞こえてきます。経済的に苦しいという理由や、結婚したくてもよきパートナーがいないという理由など……。

 しかし他方では、結婚しようと思えばできる環境だけれど、敢えてそれを選択しない人も少なくありません。独身の人は、時に、独身生活にそれなりのメリットを感じているようです。そして、そのメリットの大きな1つに、「束縛されずに済む」ことがあるようです。

 ここでいう「束縛」とは、おそらく、その大半は事実的なもの(1人の時間がとりにくくなる、稼いだお金の自由がきかなくなるなど)でしょう。しかし同時に、法的にも、結婚には、結構強い拘束性があります。

 そもそも、結婚(法律用語では「婚姻」)とは、男女が、継続的に生活上の結合を約束する身分的な契約です。結合するぶん、それはけっこう、拘束的です。

まず、夫婦は、同じ氏にしなければなりません(夫婦同姓。民法750条)*2
また、配偶者の血族とも親族関係が生まれます(姻族関係。民法725条)*3
お互い貞操義務を果たさなければなりません(民法770条1項1号)*4
同居し、協力し、扶助をしなければなりません(民法752条)*5
日常家事から発生する債務については、お互いが連帯して責任を負うことになります(民法761条)*6

 単につき合っているという状態とは異なる、法的拘束力の強い状態。これが結婚(法律婚)なのです。また、結婚は、「つき合う」というような純粋な私的関係ではなく、一種の公的関係といってもいいかもしれません。

 今お話しした、結婚に伴う法的な権利・義務の発生のほかにも、結婚をする際には、婚姻届を役所に提出して戸籍に登録する(いわゆる、入籍)などの手続が必要ですし、また、法が定めた結婚ができる要件を満たしていなければなりません。どんなに愛し合っていても、一定の近親者(たとえば、親と子、兄と妹など)の間では結婚ができませんし、また、中学生同士の結婚もできません。すなわち、結婚は、「つき合う」というレベルの純粋な精神的作用ではなく、社会的な制度なのです。

*2 【民法750条】夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

*3 【民法725条】次に掲げる者は、親族とする。
 1 六親等内の血族
 2 配偶者
 3 三親等内の姻族

*4 【民法770条】夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
 1 配偶者に不貞な行為があったとき。(後略)

*5 【民法752条】夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

*6 【民法761条】夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。(後略)

「婚約」とはどういう関係のこと?

 「婚約」という関係があります。簡単に言うと、将来結婚しようという約束のことです。結婚(法律婚)と異なり、口約束でも十分に成立しますが、通常は、婚約指輪の受け渡し、結納、相手方の両親への挨拶などがなされます。

 では、婚約がなされると、どの程度の法的拘束力が生じるのでしょうか?まず、婚約をした場合、両者は、誠実に交際して、結婚を成立させる努力義務を負います。

 ただし、相手方が途中で婚約破棄をしてきた相手方に対して、「結婚をしろ」と強制することはできません。それをしても、円満な結婚生活が送れることが望めないからです。

 しかし他方で、相手方が正当な理由なく婚約を破棄した場合には、相手方に対して損害賠償を求めることができます。「正当な理由」があるかどうかは、個別的な判断となりますが、相手方に不貞行為があったような場合は、一般的に、正当事由が認められる傾向にあります。

 他方で、性格の不一致が発覚した、相手が特定の宗教を信仰している、家族から反対を受けたなどの場合、正当事由が認められないケースもあります。

 つまり、「つき合う」という状態よりも法的拘束力が強まった状態。これが婚約です。

結婚に伴う拘束力を強くする方法…

 結婚に伴う拘束力は、婚前契約がある場合、より強いものになるかもしれません。婚前契約とは、結婚する者同士で、結婚する前に、結婚後の生活に関するさまざまな約束をしておくことです。どのような内容の取り決めをするのかについて制限があるわけではありません。

 たとえば、結婚前からお互いが保有する財産をどうするか、家事の分担はどうするか、夫婦間の家計(家賃、食費など)の管理をどうするか、子どもが生まれたときに育児の分担をどうするか、どちらかが浮気をして離婚するに至った場合の親権や慰謝料をどうするかなど、内容はさまざまです。生活の細かい決め事まで、すべて法的拘束力をもたせられるかは、検討の余地があります。

 しかし、いずれにしても、口約束ではなく書面で契約書を作成しておくことで、うやむやにさせない点に大きな意義があります。

 もちろん、結婚をしてから、その都度、約束をすることも可能です。ただし、夫婦間の契約は、いつでも取り消せることになっています(民法754条)*7。ですから、結婚をしてからの約束は、実は、法的拘束力が強くありません。結婚前にすることに意味があります。

 なお、婚前契約の締結にあたっては、夫婦での取り交わしでも十分に有効ですが、法律の専門家(弁護士や行政書士*8など)に作成を依頼することによって、より厳密な契約内容にできます。

 また、契約書を公正証書*9で作成していると、直ちに相手方の財産を差し押さえるなどの手続が可能となる場合もあります。

*7 【民法754条】夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

*8 法律に則った書類作成をする職業。司法書士との違いは書類の提出先。行政書士は行政機関にまつわる書類、司法書士は法務局や裁判所に関係する書類を作成する。

*9 公証人法に基づいて公証人が作成する公文書。証明力、証拠力を備えた証書となるので、公正証書の契約に関して裁判になったときは証拠として採用される。紛争の予防に効果的。

「法律婚」と「事実婚」の違い

 中には、法律婚を選択しないで事実上の夫婦(事実婚)として共同生活を送るという選択をする人たちもいます。すなわち、婚姻届を出さないまま、しかし、法律上の夫婦と同様の生活を送るのです。

 では、事実婚は、法律上でどのように扱われるのでしょうか。法律婚のような拘束力は生じるのでしょうか。いままでの判例などの蓄積によって、相当程度、事実婚でも法律婚に近い形として扱われるようになっています(これを準婚理論という場合があります)。たとえば、法律婚の際に発生する権利義務として先ほど紹介したもの(同居義務、協力扶助義務、貞操義務、日常家事債務の連帯責任など)は、およそ、事実婚にも認められます。

 また、事実婚が解消された場合の財産分与や損害賠償も認められる傾向がありますし、事実婚のパートナーが死亡した場合、残された者に居住権が確保される方向性になっています。社会保障法上の保護(健康保険の利用、育児・介護休業の利用、公営住宅への入居など)を受けることも可能です。

 では、法律婚と事実婚で大きく異なるのは、どこでしょうか。おそらく、?同じ姓とならない、?結婚に伴う姻族関係が生じない、?相続が発生しないなど、いくつかの点に集約されるように思います。

 このうち、?に関して、事実婚カップルは、むしろそれを望む(夫婦同姓しか認められない日本において、事実婚を選択する人の一定割合は、夫婦別姓を実現する目的を持っている)傾向にあります。

 また、?についても、夫婦がそこにこだわりを見せなければ、大きな不利益をもたらすものでもないでしょう。「自分の親などの面倒を、パートナーにはかけたくないし、自分もパートナーの親などの面倒を見たくない」と思っているのであれば、むしろ、事実婚の方が適合的です。

 おそらく、?が、一番の問題となります。パートナーに財産を承継させるためには、生前贈与や遺言など、一定の工夫が必要です。

はじめまして、法学 第2版
遠藤 研一郎:著
1,760円(税込み)